« 『ゼロ・グラビティ』の革新性 | トップページ | また90分台の秀作を見る:『あなたを抱きしめる日まで』 »

2013年12月25日 (水)

『アデル、ブルーは熱い色』に興奮

昨日、『ゼロ・グラビティ』は来年のベスト映画の一つではないかと書いたが、来年のナンバーワンほぼ間違いなしの映画を見てしまった。4月5日公開のアブデラティフ・ケシュッシュ監督『アデル、ブルーは熱い色』。今年のカンヌでパルムドールに輝き、秋には東京国際映画祭でも上映されたが、ようやく見た。

映画を見ながら、主人公のアデルの一挙手一投足に目が離せなくなってしまった。彼女がエマを好きになる気持ちがよくわかり、彼女が楽しんだり悲しんだりすると、こちらもドキドキした。まるで隠しカメラのように俳優たちについて回るカメラのせいか。2時間59分があっという間!

物語は、高校生のアデル(アデル・エグザルコプロス)が、ある時青い髪の年上の女性エマ(レア・セドゥ)に一目ぼれすることから始まる。アデルには1つ上の男性の恋人ができつつあったが、一挙にエマにのめり込む。そして数年後、2人は一緒に住み、アデルは小学校の教師、エマは画家として暮らしている。そこに生まれる亀裂。

全体を貫くのは、アデルの自分に誠実なまっすぐな生き方と、それゆえの痛みだ。エマの謎めいた瞳にそのまま付いて行き、同級生たちにレズと罵られても逆に怒鳴り返す。エマやその両親に教師よりもっと創造的な仕事を目指せと言われても平然とし、俗っぽいアデルの両親がエマに小市民的な話をしても動じない。

成人した後のシーンでも、エマのパーティでアデルはひたすら料理を作り、運ぶ。「エゴン・シーレも知らないの」とエマの友人に馬鹿にされても平気だ。2人の関係が悪くなり、アデルは追い出されて1人で暮らし始めても、学校の授業は何事もなかったかのように続ける。もちろん苦悩は表情から見てとれるが。

アデルがカフェでエマに再会するシーンには、泣きそうになった。アデルの情熱に2人はよりを戻しそうになるが、エマはクールに押し留める。そして最後はエマの展覧会のオープニングで、ブルーのドレスを着たアデルの動きの一つ一つに心が痛んだ。

ここまで書き忘れたが、何度も出てくる2人が裸で抱き合うシーンが息を飲むほど美しい。見終わって「女性になってレズにのめり込みたい」と思ったくらい。

どうやって演出したのかと考えていたら、最近の仏誌「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」に、カンヌ後のドタバタが載っていた。カンヌ受賞後、スタッフの一部は自分の名前がクレジットにないとか、カンヌに連れていってもらえなかったとか騒ぎ、レア・セドゥは、「監督の演出は拷問のようだった」と言ったとか。

雑誌には監督の反論というか当惑が載っていたが、溝口や小津の演出だって、拷問のようだったという話はよく聞く。そんな批判はパルムドールのおまけだろう。ところでプレスにもその雑誌にも、アデルを主人公にした続編の話が出ているので楽しみだ。それから雑誌には、DVDでは3時間40分のバージョンが付くことも書かれていた。こちらも見たい。

|

« 『ゼロ・グラビティ』の革新性 | トップページ | また90分台の秀作を見る:『あなたを抱きしめる日まで』 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/58817267

この記事へのトラックバック一覧です: 『アデル、ブルーは熱い色』に興奮:

« 『ゼロ・グラビティ』の革新性 | トップページ | また90分台の秀作を見る:『あなたを抱きしめる日まで』 »