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2014年1月24日 (金)

高田馬場ノスタルジア

先日、友人が予約した「ラミティエ」という高田馬場のフランス料理店に着いた時、「あっ」と声を挙げてしまった。そこは、かつてお世話になった不動産屋さんがあった場所だった。たぶん沢田とか沢口とかいう名前の不動産だったと思う。

1986年の年末、フランス人女性Mさんが新年明けにやってくるというので、私は授業が終わると不動産屋さん巡りをしていた。中野、鷺ノ宮など中央線や西武線で探したが、安くてフランス人が喜びそうな物件はどこにもなかった。ようやく野方あたりで、いい感じの庭付きアパートがあったが、大家さんに会ってフランス人と住むと言うと、断られた。

ある日とぼとぼと高田馬場から早稲田まで歩いていた時に、道を少し左手に入ったところにあったのが、この不動産屋だった。2DKで7万2千円で共益費込みと安い物件が貼られていた。部屋を見てみると、崖っぷちに立っている木造アパートだったが、窓の下は公園で見晴らしが良かった。

不動産屋さんは眼鏡をかけたおじいさんで、すぐに大家さんに電話して決めてくれた。外国人でもOKだった。住んでみてわかったのは、そのアパートは建て付けが悪く傾いており、隙間風の吹くような、あばら家に近いということだった。前にここに書いた通り、結局そのアパートには4カ月だけ住んだ。

出る時に不動産屋さんに告げて、敷金を返してもらおうとしたら、自分で大家に連絡してくれと言う。それは不動産屋の仕事だろうと思ったが、直接連絡して会う日を決めた。ところがその時間に大家は来なかった。電話をすると出ない。

私は不動産屋に駆け込んで、「来ないじゃないか」と文句を言った。するとおじいさんは私の責任でやってくれと言う。私は「おまえの仕事だろうが」と大声で怒鳴った。「一月分もらっているくせに、仕事をしろ」とも。おじいさんは驚いて電話し、翌日に3者で会った。いつもそうやって逃げて敷金をごまかすのが、その大家のやり方だったようだ。

そんな思い出が、「ラミティエ」の前で走馬灯のように駆け巡って、思わずお店に入らずに近くを歩いた。なくなったと思っていたアパートは、立て替えられていたのだった。

「ラミティエ」でお店の人に、「ここは昔不動産屋さんがあったんですよ」と言ったが、きょとんとした顔をされた。10年ほど前にできで繁盛している店に、25年以上前の話をしても仕方がない。オヤジの戯言である。高田馬場ノスタルジアは、今度こそおしまい。

「ラミティエ」は安くて真っ当なビストロだったが、これについては後日書く。

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