「小津安二郎の図像学」展に考える
フィルムセンターで一カ月くらい前から始まった「小津安二郎の図像学」展をようやく見た。最近は個人的にちょっとした小津ブームなので、見たいと思っていた。副題は「永遠のウルトラモダン」。
一言で言うと、最近のフィルムセンターの展示では一番おもしろかった。まず小津の絵があんなに洒脱でうまいとは思わなかった。中井貴恵宛ての葉書に書かれた、小津本人や佐田啓二一家の絵なんて本当におかしい。湯呑の絵とか山中貞雄シナリオ集の装丁とか、素人芸を超えている。バーの洒落たコースターを収集していたなんて知らなかった。
実は今回一番驚いたのは、冒頭にあった浮世絵。小津の祖父である小津新七は浮世絵のコレクターであったという。展覧会には旧小津家所蔵の浮世絵が展示してあった。つまり小津は幼少から多数の浮世絵を見て育ったという。あのモダンと旧式を行き来するような画面の感じは、浮世絵から来たのかと思った。
橋本明治の『石橋』など、小津の映画に出てくる絵画の実物を何点も見たのも初めて。これは古賀重樹氏の『1秒24コマの美』で詳細に分析してあったものだが、本物があると違う。まさに歌舞伎に似たグラフィックな絵ばかりであることがよくわかる。
初期の松竹モダニズムのポスター(特に河野鷹思のデザイン)や後期カラー作品のモンドリアンのような色使いの分析は中野翠の『小津ごのみ』ほかで読んでいたが、実際の絵コンテやセット図面帳を見ていると時間があっという間に過ぎる。ところで「モンドリアンのような」とは中野さんの言葉だったかな。
それにしても、この動かない二次元へのこだわりが、あの独特の映画を作りだしたのかと思うと不思議な気持ちになる。写真と映画の違いは動くことにある。そこに動かないものを詰め込んで、俳優の演技までがんじがらめに操り人形のようにして、小津は映画の極限に挑戦していたような気がする。
先日ゴダール初期の傑作『男と女のいる舗道』をブルーレイで見た時、冒頭の右、正面、左から写すアンナ・カリーナのアップを見て思ったのは、小津の映画だった。この映画は1962年製作で、小津が遺作『秋刀魚の味』を撮った年。世代は違うが、映画とは何かを考えつくした2人に共通するものがある。
ところで「小津安二郎の図像学」というカッコいい題には少し疑問がある。図像学iconographyとは、画面に出てくるものの隠された意味を追求するものだろう。この展覧会はむしろ画面に見えるもののデザイン性を、小津の日常的な美意識との類似で見せた。では何と名づけたらいいかと言われると、うまく言えないけれど。この展覧会は3月30日まで。必見。
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