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2014年1月28日 (火)

追悼カルロ・マッツァクラーティ

イタリアの監督カルロ・マッツァクラーティが、この22日に57歳で亡くなった。私は「海からはじまる!?」というブログを書かれている方からのこのブログへのコメントで知った。と言っても、イタリア映画祭のコアなファン以外は「誰それ?」という感じかもしれない。

2000年以降のほとんどの作品は東京のイタリア映画祭で上映されたが、一本も映画館で封切られたことはなかった。だから日本で全く報道されていないのも、無理はない。

私が彼の映画を初めて見たのは、2000年のベネチア国際映画祭だった。コンペに「聖アントニオと盗人たち」が出ていて、評論家のアドリアーナ・アプラさんに是非見ろと言われ、彼の奥さまと3人で並んで見た。そして見終わった瞬間に「これは来年から始まるイタリア映画祭の目玉となる」と彼に宣言した。

そのくらい、この映画は好きだった。40代の情けない男2人が、パドヴァの教会の守護神“聖アントニオの舌”を盗み出し金儲けをしようと企てる。彼らと警察の追っかけがおかしいうえに、2人のうちのウィリーを演じるファブリツィオ・ベンティヴォーリオの、元妻への哀愁満ちた純愛がたまらなかった。

失われた青春へのノスタルジーと、時おり見せる長回しの華麗な映像に心が震えた。後でわかったのだが、この作品のファンは多い。私も彼の中で一番好きだ。それからはもう、毎年マッツァクラーティを見せないと気がすまなかった。翌2002年には、「ダヴィデの夏」(98)という少し前の映画をあえて遡って上映したくらい。

それから2003年には「虎をめぐる冒険」。これまたベンティヴォリオが犯罪に手を染めて逃げる役を演じていた。私の中では、この監督のリリシズムとベンティヴォリオ演じる中年男のの悲哀が一緒になっていた。だから2005年に上映した「愛はふたたび」は、ステファノ・アッコルシとマヤ・サンサという人気スターの競演だったが、ブランコのシーンの華麗な映像にもかかわらず、どこか違った。

それから後に、イタリア映画祭で「まなざしの長さをはかって」や「ラ・パシオーネ」が上映された時は、私はもはや映画祭に関わっていなかった。「ラ・パシオーネ」はベネチアで見て、実はかなりがっかりした。

私が映画祭をやっている時、ぜひ劇場公開したいと思った監督は何人かいた。マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ、ジュゼッペ・ピッチョーニ、ダヴィデ・フェラーリオ、フェルザン・オズペテク、そしてこのマッツァクラーティ。

彼以外は、映画祭の後に最低でも1本は公開された。なぜか彼だけが劇場公開できなかったことが、心残りだ。「まなざしの長さをはかって」だけはDVDで出たけれど。『ペッピーノの百歩』など3本を遮二無二公開した時に、「聖アントニオと盗賊たち」を入れておけばよかったと、今更ながら思う。そう言えば、イタリアの監督はだいたい一度は会ったが、彼とは会っていなかった。

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