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2014年1月27日 (月)

『小さなおうち』の凄み

始まったばかりの山田洋次監督の新作を見た。老婆が語る戦時中の日本の話だが、裕福な家庭の「小さな」話と思って見ているうちに、見終わると凄みのようなものを感じた。

老婆タキは、戦前に山形から東京の裕福な家へ女中として入る。そこは夫婦に子供一人の円満な家庭だったが、その妻時子(松たか子)は、夫の部下の板倉に思いを寄せる。

いかにも戦前の良家の若奥さんといった感じの松たか子が、次第に狂いだす様子がいい。途中からその行動が抜き差しならぬ感じになってゆく。女中役の黒木華も、田舎者だが感受性豊かで芯が強い女をうまく演じている。映画はほぼこの2人で成り立っている。

そして、ラスト15分ほどにいくつもの仕掛けが凝らされていて、息を飲んだ。この脚本のサスペンス構造が凄みのもう一つの理由だろう。

そして一番の凄みは、明らかに監督が現代の観客に向かって語りかけている点だ。平和に見える今の時代が、いかに戦争への道につながっているかを、まるで噛み砕くように見せる。これを図式的と批判もできようが、監督の真剣な問いかけは強い。

もちろん山田映画ならではの弱さもある。中心の2人以外の人物が、カリカチュアに近い。まわりはともかく、夫役の片岡孝太郎やその部下役の吉岡秀隆はとても松たか子が恋をする相手には見えない。あるいは老婆タキを演じる倍賞千恵子にあんなに涙を流させなくてもよかったのではないか。

良くも悪しくも木下恵介の伝統を継ぐ正統的な松竹大船調だが、それでも近年の山田洋次は毎回それを超えた何かを見せてくれる。

2日目なのに、丸の内ピカデリーはガラガラだった。現代人が第二次大戦中の秘密を探る似た設定の『永遠の〇』を向かいの映画館でやっていたが、こちらは始まってだいぶたつのに満席に近い入りのようだ。

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