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2014年1月 5日 (日)

『永続敗戦論』に深く落ち込む

正月早々、脳天をかち割られるような思いをしたのが、白井聡著『永続敗戦論』。昨年の3月に出て話題になっていたが、ようやくこの休みに読んだ。数年前から、特に東北大震災以降感じていた、この国に対する不安を一挙に説明された感じか。

内容を簡単に言うと、日本は第二次世界大戦で負けたのに、その後も無意識レベルで敗戦を認めずに戦前の体制を残しながらアメリカの属国として無責任なまま生き延びてきたというもの。問題はそれが日本の意志ではなく、アメリカによって指導され、日本の支配層はそれを都合よく利用して存命を図り、大衆はそれを無自覚に受け入れてきたことのようだ。

冒頭に「私らは侮辱のなかに生きている」という言葉がある。これは一昨年に大江健三郎がデモ集会で発したもので、中野重治の言葉だという。確かに福島原発事故以降起こっていることは、国民への侮辱と言っていい。そしてこれに知らないふりをする無責任の体系は、第二次世界大戦に突っ込んでいったかつての日本と変わっていない。

核持ち込みの「密約」の露呈がそうだが、最近ようやく日本で「本気モード」が入ってきている。孫崎享や有馬哲夫などの本によって戦後日本の「対米従属」のありようが明らかにされてきたのはこのブログでも書いたが、この本でも引用されている。

著者の言う「永続敗戦」とは、これまで「敗戦」が「終戦」という言い方で隠蔽されて、本土決戦もなく戦争責任や戦後賠償はあいまいなままで、地政学的に韓国や台湾に暴力的政治体制の役回りを引き受けさせて、日本は「民主主義ごっこ」をしてきたというもの。

この本では尖閣諸島などの領土問題についても、「日本固有の領土」という考えが国際政治学的には全く意味を持たないことを、ポツダム宣言やサンフランシスコ講和条約などの条文を徹底的に読み込みながら証明する。

読んでいて暗澹たる気持ちになった。「仮に本土決戦が決行されていたならば、さらなる原子爆弾の投下が行われ、天皇は皇后もろとも消滅したかもしれない」と著者は書くが、それと引き換えに日本は本気で自分で考えることを回避し、それが今も続いているのではないか。

この本はこう終わる。「3.11後のわれわれが『各人が自らの命をかけても護るもの』を真に見出し、それを合理的な思考によって裏付けられた確信へと高めることをやり遂げるならば、あの怪物的機械は止まる。なぜならそれは、われわれの知的および倫理的な怠惰を燃料としているのであるから」

著者は1977年生まれだから、今年37歳。映画もそうだが、この世代は相当進んでいる。


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コメント

「永続敗戦論」読みました。続けて、下記の2冊も読みました。
「戦後史の正体」(「戦後再発見」双書)  孫崎 享 (著)
「本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」」(「戦後再発見」双書2) 前泊 博盛 (著, 編集)
東京で普通に暮らしていると、米軍って遠い存在だし、政治も興味がなかったのだけど、それじゃいけない。でも、どうすればいいのだろう。

投稿: jun | 2014年2月 3日 (月) 19時10分

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