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2014年2月 6日 (木)

映画『永遠の0』の大入りに考える

ようやく『永遠の0』を見た。サザン嫌いな私としては、予告編で桑田の声が流れるだけ引いたし、原作者の百田尚樹は最近安部首相の肝いりでNHK経営委員になって、右翼的発言をばらまいていることもあり、気が進まなかった。それでも興収が60億円を越したと聞いて、見に行った。

監督が『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズの山崎貴ということもあった。彼なら大きくはずすことはない。

結果は、よくできていたが、個人的には好きではないという感じか。VFX、とりわけ飛行機の空中戦のシーンや戦艦赤城が撃沈するシーンなどはこれまで見た日本の戦争映画で最高の部類に属するくらいよくできていた。冒頭の真珠湾攻撃は、戦前の『ハワイ・マレー沖海戦』が頭に焼き付いてるせいか、ちょっと違うと思ったけれど。

ラバウル基地や鹿屋基地、あるいは戦後の大阪のバラック街などのセットもいい雰囲気だったし、主人公の岡田准一を始めとして、濱田岳、新井浩文、染谷将太らが演じる若い兵士たちも浮いていなかった。

それに比べると、現代のシーンが弱い。祖父の足跡を追う吹石一恵と三浦春馬の姉弟が軽すぎるし、彼らが話を聞く平幹二郎、橋爪功、山本学、夏八木勲が演じる老人達がみな芝居がかっていて、胡散臭い。存在感があったのは田中泯くらいか。

老人の話から時代は戦時中に飛び、その話を聞いて姉弟が泣く。彼らの話を聞いて今度は風吹ジュン演じる母が泣く。そこに壮大な音楽が流れる。

そもそも、部下に「生きて帰れ」と説く主人公の存在の設定に無理があったのではないか。「今後の日本のために生き残るべきだ」と考える上司がいたというのは、どうしても現代から見た発想に見える。

主人公は最後に「その死を無駄にしないことだ」「この物語を続けることだ」と言った。その先には、家族以上に国家が見えた。これは明らかに、現代の安倍首相の考えに近い。

公開中で不入りの『小さいおうち』もまた戦時中の日本を描いた作品だが、こちらは明らかに国家と対峙する私の世界を描いていた。『永遠の〇』が何十倍の客を集めているというのは、現代の雰囲気というか、志向を表わしている気がする。

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