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2014年3月 9日 (日)

河村黎吉の役柄をめぐって

最近は暇さえあると、フィルムセンターで戦前の無名の松竹映画を見ている。いわゆる巨匠監督の映画でない分、当時の映画製作のモードが端的に現れるのでおもしろい。先日見たのは、宗本英男監督の『水郷情歌 湖上の霊魂』(37)。

映画史をかじっていれば、この題名を見ると『路上の霊魂』(21)を思い出す。こちらは小山内薫が中心になった松竹キネマ研究所第一回作品で、近代的な日本映画の最初として知られる。「ろ」と「こ」の違いだが、かなり違う。

宗本英男という監督の映画は初めて見るが、題名通り霞ヶ浦あたりの水郷地区を舞台にした情緒あふれるメロドラマだった。東京でサックス奏者だった伸吉(徳大寺徳)は、体を壊して恋人(桑野通子)を連れて、故郷に帰る。そこには頑固な兄(河村黎吉)と許嫁のお糸(大塚君代)がいた。

田舎に「都会の女」を連れてきた青年の悲劇で、やり過ぎなほどに都会と田舎の対比が描かれる。まず、「都会の女」桑野通子は、モダンな洋装でサックスを抱えた徳大寺と船で着く。それを迎える兄も妹(水戸光子)も許嫁もみんな着物を着ていて、桑野をジロリと見る。

とりわけ、兄を演じる河村黎吉が例によって保守的な頑固親父の姿を見せてくれる。彼の妻が飯田蝶子だから、この2人が出るだけで下町の庶民らしさが充満する。今回の特集ではかなりの映画に河村が出てきて、保守的な嫌な奴だがどこか憎めない役柄を演じている。

そう思っていたら、フィルムセンターのニュースレターに碓井みちこ氏が河村黎吉について書いていた。「常に河村の役柄は、自分を押し曲げないことで主人公を抑圧する人物であり、メロドラマを盛り上げる要となっている」。そうか、彼が抑圧することで女の悲劇のメロドラマが生まれるのか。

その文章にはこうも書かれている。「今回上映されるメロドラマ映画は本当にどれもよく似ている。主人公は、たいていが未婚か、結婚してそれほど時間がたっていない若い女性である。彼女らは家族の問題を抱え、その問題をしばしば自己犠牲により解決しようとする」。ふむふむ。

さて『路上の霊魂』との違いだが、確かに、音楽家になろうと都会に出た主人公が失敗し、女を連れて田舎に帰るが受け入れられず、最後に死んでゆくという設定は同じだ。しかしこちらはそれを徹底的にメロドラマとしている。そのうえ、湖を使ったのがうまい。「都会の女」というモチーフもあって、主人公をみんなが探すシーンに、私はムルナウの『サンライズ』を思い出した。

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