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2014年3月18日 (火)

「ハイレッド・センター展」の大いなるユーモア

先日ここで工藤哲巳展のことを書いたが、彼と同世代で全く別方向の反逆を企てた者たちの展覧会「ハイレッド・センター:直接行動の軌跡展」が3月23日まで渋谷区立松濤美術館で開催中だ。これが何ともユーモアに満ちていて楽しい。

「ハイ・レッド・センター」とは、高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之の3人で作った美術団体だが、その名前はそれぞれの頭文字を英語にしてつないだだけ。その安易さというか、なんちゃって感が展覧会の全体に溢れている。

工藤哲巳が渡仏したのは1962年。工藤はそれから自らの身体と西洋文明の不条理を追求する抽象的な彫刻を作り出すが、翌年に始まったハイ・レッド・センターは思いつきのパフォーマンスを繰り返している。

銀座の並木通りで、白衣を着て道路を磨き始める「首都圏清掃整理促進運動」だったり、「シュエルター計画」と称して帝国ホテルの一室で等身大のシェルターを予約販売したり。そこに招待されて前後左右の全身写真を撮られているのが、ナムジュン・パイク、オノ・ヨーコ、横尾忠則だったりする。

あるいは赤瀬川は展覧会に大きなニセ千円札を展示して訴えられ、その裁判経過を公表する。悪い冗談のようなパフォーマンスばかりで、そこに一貫した思想性を読み取るのは難しい。しかしオリンピックの直前から開催中にかけての、まさに高度成長期に向かう日本で、こんなバカなことを続けていたことが何ともすばらしい。

もちろん高松の影を見せる作品は今見てもワクワクするし、中西の透明なラグビーボール状の物体の中に機械が埋め込まれている「コンパクト・オブジェ」は、美的にも哲学的にも刺激が一杯だ。赤瀬川の大きなニセ千円札と梱包した平面を交互に見せる展示もシャープで美しい。

つまり美的センスに恵まれた20代後半の3人が、毎日思いつきを繰り返していた跡が並んでいる。もちろん展示の大半は写真だけれど、わずか2年ほどの活動を年代順に追ってゆくだけで、大いなるユーモアに圧倒される。

カタログはデザインも中身も秀逸で、これ一冊でハイ・レッド・センターについてすべてわかる感じ。

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