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2014年3月 1日 (土)

またフィルムセンターに行く

時間ができてふとフィルムセンターのホームページを見ると、「よみがえる日本映画」と題して、戦前の松竹作品をやっていた。といっても、小津や成瀬はなく、見たことのない映画ばかりが並んでいる。とりあえず、足を運んだ。

最初に見たのは、野村芳亭監督の『東京音頭』(33)。野村芳亭といえば、松竹蒲田の基礎を作った人として知られるが、実はあまり見ていない。1924年に城戸四郎が撮影所長になる前は、所長も兼ねていた重鎮だ。

『東京音頭』は、トーキー直前のサウンド版、つまりセリフはないが音楽や音が聞こえてくる。レコード会社とのタイアップしたいわゆる「小唄映画」で、映画の最初と終わりにたっぷり東京音頭を聞かされる。

ところが、物語は東京音頭と全く関係がない。幼馴染の信子と進は結婚を誓っているが、満州で事業を起こして成功した進の父親は恩人の娘澄子を連れて帰ってきて、結婚しろという。実は澄子にも好きな人がいた。そんな絶望的な状況がえんえんと続いて、最後に信子の友人役の岡田嘉子がすべてを打開する。

いわゆる悲恋の描写が全体の4分の3も続くのはいかにもお涙頂戴だが、岡田が2人の父親を説き伏せ、3人が車に乗って進の自殺を防ごうと駆けつけるシーンはモダンでカッコいい。

最後にみんなが楽しそうに踊る東京音頭をじっくり見せる。それにしても物語とは関係ない。ネットで調べるとレコードの「東京音頭」はこの年に発表されてヒットとなったことがわかるが、この映画には触れていない。時事新報社後援というのが映画の冒頭に出てくるし、後半で盆踊りのシーンにも垂れ幕が出ている。東京音頭を歌う盆踊りのスポンサーだろうか。

冒頭と終わりに「芳亭作品」と出る。松竹の元トップ監督へのリスペクトの表現か。野村芳亭は映画黎明期の人なので、昔、映画百年の企画をやった時に、息子の野村芳太郎監督に電話をしたことがあった。父親の資料は残っていないと言われたが、会いに行っておけばよかったと悔やまれる。

『お嬢お吉』(35)は、今回の特集では唯一松竹作品ではない。戦後に大映社長となる永田雅一が作った第一映画の製作で、配給が松竹。溝口健二の『浪速悲歌』や『祇園の姉妹』がここで作られるが、この映画は溝口の脚本を担当していた高嶋達之助の監督デビュー作という。溝口も「応援監督」としてクレジットされている。

山田五十鈴が結婚詐欺師のお嬢お吉を演じるが、ある見合いで出会った男と恋仲になるというもの。何といっても彼女が出てきて、見合いの場で相手を一発で魅了する冒頭の場面がすごい。あとはいかにも新派的なお涙もので、最後は山田が男の罪をかぶって「立派なお人になってください」と去っていく。

山田の立ち回りを長回しで撮ったり、男女が逃げるシーンを長い横移動で見せたりと、溝口的な演出も感じられるが、物語が古くさすぎる。これを見たら、『東京音頭』はモダンに見えた。

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