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2014年3月 3日 (月)

「工藤哲巳回顧展」にふるえる

美術館で現代美術の個展を見て、久しぶりにふるえるような思いをした。東京国立近代美術館で3月30日まで開催中の「あなたの肖像―工藤哲巳回顧展」のこと。そのグロテスクな作品はあちこちで1点ずつ見ていつも気になっていたが、まとまって見たのは初めて。

初期の具体美術やアンフォルメルを思わせるような絵画から、紐を使った増殖する生物体のような立体作品が続く。あるいは草間弥生を思わせるような、男根が並ぶ「インポ哲学」のシリーズ。

そしてパリに行ってからのパフォーマンスや目玉を使ったオブジェ、箱の中に閉じ込められた身体。人間をあえて醜悪に見せながらも、そこにはなぜか美しい色彩があり、空間のリズムがある。檻の中の動物や植物。このあたりから、放射能や環境汚染を意識した作品が出てくる。

あるいはヨーゼフ・ボイスを思わせるような哲学的オブジェ。檻や鳥籠に閉じ込められたお化けのような生命体は、赤や青の派手な色に塗られている。1980年代ころからはおどろおどろしさがなくなり、洗練度が増してスマートな鳥籠のような作品が並び、そして最後に極彩色の糸を巻きつけたような作品になる。そして1990年、55歳で亡くなっている。

この人は、あらゆる欺瞞が許せなかったのだろうと思う。人間や動物に隠された醜さを暴き、放射能や環境汚染といった文明の悪を告発する。普段平和そうに満足に暮らしている日本やフランスの人々に、あえて醜い真実を見せつけた。

ところが醜いはずのものが、工藤の手にかかると、なぜか魅力的な色彩と形になってしまう。その矛盾を生き続けたのだと思う。

1970年代後半の言葉に、「パリに来て数十年、ヨーロッパ人をいじめ続けたので、飽きちゃったんだよね」というのがパネルに書いてあった。これは少しわかる気がする。「だからフランス人はダメだ」というと、最初はフランス人は喝采するが、続けていると嫌われるし、自分が嫌になる。

最後に日本と西洋の違いを示すような、糸によるオブジェが2つ並んだ作品がいくつかある。古い日本を批判し、西洋近代に異を唱え、最後は双方の永遠の違いを眺めるような心境に至ったのだろうか。

彼が亡くなった1990年頃、私は日本の現代美術を海外に紹介する仕事をしていた。具体美術の展覧会をローマやフランクフルト郊外で開催したのが90年末から91年初めのはず。この頃、工藤の名前は知らなかった。その後彼の名前を聞いたのはフランス人からだから、何とも恥ずかしい。

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