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2014年3月16日 (日)

若き日の大庭秀雄

今回のフィルムセンターの「松竹無名映画特集」(!)で一番の発見は、大庭秀雄監督が30歳前後に作った瑞々しい作品群だった。大庭秀雄と言えば『君の名は』(53-54)が有名だが、実は私はそれしか(しかも総集編で)見ていなかった。

今回上映されたのは、『感激の頃』(39)、『花は偽らず』(41)、『むすめ』(43)、『勝鬨音頭』(44)の4本だが、どれもとても戦時中の映画とは思えないほどユーモアに溢れ、何とも爽やかな印象を残した。1939年と言えば、映画法ができた年であり、国策に沿った映画かどうかが、脚本の段階から審査されたはずだ。そんな時代にこんな冗談のような庶民喜劇を作っていたとは。

今回の特集は、メロドラマが多い。好きな人と結婚できない女性を中心に、その自己犠牲ぶりや世間や運命の不条理を描く。ところが大庭の映画は、同じようなテーマでもコメディ・タッチでハッピー・エンドだ。長いカットで、役者の自然なおかしさを引き出す演出が素晴らしい。

一番気に入ったのは『むすめ』。高峰三枝子の結婚劇を、2つの家庭を中心にまるで落語を見ているようなおかしさで描く。洋裁店を営む久子(高峰)には無職の父・新六(河村黎吉)がいる。近所の角平(坂本)とおかつ(飯田蝶子)の夫妻は、久子に縁談の話を持ち込む。しかし久子は歯医者の向井(上原)が好きになっていた。

最初に列車の中で、久子が向井と出会い、荷物を持った中年女性(岡村文子)に席を譲らない向井に意地悪をする。その女性はメリヤス工場を営む家の母で、久子を見初めて息子の縁談を持ち込むという見事な出だし。

久子は歯が痛くなるが、新六は梅干を頬に貼れという。梅干を貼った高峰のおかしな顔といったら。新六が角平の家に遊びに行くと、おかつは仕事にならないと角平を押し入れに隠す。それを開けてしまうのは、娘の富江(三浦光子)だった。このあたりの河村、坂本、飯田のベテラン達の絶妙な会話劇は、まるで即興の漫才のようだ。

久子が近所の歯医者に行くと、そこには向井がいた。自分の前に診察を受けた富江は向井が好きだった。結局、久子も向井を好きになり、その恋を富江が間に入って成就させるというもの。久子の弟(葉山正雄)も非行から足を洗い、みんなが嬉し泣きをする完全なハッピーエンドとなる。

次に好きだったのは、『花は偽らず』。これも高峰三枝子が出る結婚コメディで、彼女は大阪の金持ち令嬢役で、見合い相手の徳大寺伸と幼馴染の佐分利信の間を揺れる。徳大寺は、見合いより会社の同僚(水戸光子)を選んで「真実の愛」を貫くが、高峰は佐分利と結ばれず、半分ハッピーエンドというところ。大阪弁を話す高峰が何ともおかしい。ほかの2本については後日(書くかも)。

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