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2014年4月24日 (木)

『ローマ環状線』の普遍性

8月16日に公開されるイタリア映画『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』を見た。昨年のベネチア国際映画祭でドキュメンタリー作品で初めて金獅子賞を取った映画で、今年のイタリア映画祭でも上映されるが、早く見たいと思った。

いささか大仰な邦題の原題はSacro Graで、「聖なるGRA」。GRAは、ローマ市の周囲ををぐるりとめぐる環状高速道路を指すらしい。

映画はその環状線の付近に住む普通の人々を淡々と追い掛ける。救急車で病人を運ぶ救急隊員、害虫から自然を守るべく独自の研究している植物学者、大きな館に住んで映画のロケなどに貸し出している男、モダンなアパートに住んで話し続ける老人とその娘、川でウナギを取る男、道路わきの娼婦たち、キリスト教の集会などなど。

カメラはそれらの人々を行きつ戻りしながら、ほとんどを固定カメラで捉えるだけ。背景には高速道路を走る車の列があったり、飛行機が低空で飛んでいたりする。

いわば最低の環境だが、出てくる人々は特に不幸そうには見えない。不平を言う者もなく、むしろその生活を楽しんでいるようにさえ見える。車の騒音が絶えないのに、全体には不思議な静寂が漂っている。早朝や夕暮れの微光が人々を包み込む。突然入る空撮のショットに映る緑が優しく感じる。

ドラマもなければ主張もなく、音楽さえもない映像の繰り返しの中で、ある種の地球規模の普遍性のようなものが見ている者の心に広がってゆく。全く計算されていないように見えて、実は周到に準備された映像なのだと見終わって気づく。

ドキュメンタリー映画のなかでもとびきり地味な作品をベネチアのコンペに選ぶだけですごいし、これに最高賞を与えたベルナルド・ベルトルッチを始めとする審査員はカッコいい。そしてこんな映画が映画館で公開される日本もすばらしいと思ってしまうような、そんな幸福の幻想に浸らせてくれる。現代のネオレアリズモ映画というべき1本。

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