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2014年4月22日 (火)

『ヴィオレッタ』からバルチュスへ

5月10日公開のエヴァ・イオネスコ監督『ヴィオレッタ』を見た。監督の母親イリナ・イオネスコが、10歳前後の娘を使ってエロチックな写真集『エヴァ』を出した実話を、その娘本人が成人して監督したという、いわばいわくつきの映画。

見に行ったのは、その母親をイザベル・ユペールが演じると聞いたから。フランスで狂気の女を演じてこの女優の右に出るものはいない。それからレオス・カラックス映画の常連ドニ・ラヴァンが出ていることも気になった。

映画自体は平凡な出来たが、何とも興味深い作品だった。イザベル・ユペールが母も娘も無視して、自分の撮りたい写真を撮り続けるさまは鳥肌が立つほどすさまじい。最初に金のヴェールを被った衣装で出てきた瞬間から、もう完全に向こう側の人という感じ。そして狂乱の日々を最後まで演じ切る。

娘役のアナマリア・ヴァルトロメイが予想以上にセクシー。母の写真につきあって派手な衣装を着るうちに、学校に着てゆく格好もどんどんおかしくなる。極端なミニのパンツだったり、胸がほとんど見えそうだったり。ほんの少しだけ胸が膨らみ始めた頃だが、その刺激は相当に強烈。

ドニ・ラヴァンはイザベル・ユペールを暖かく見守る画家の友人役だが、すべてを見通したような感じで、この映画を見ていて唯一ほっとする人物。カラックス映画での変人ぶりと違った、落ち着いた面を見せてくれる。

映画への個人的な不満は、娘の裸そのものがあまり見えなかったこと(これはスケベ心)と、後半の展開が単調なことだろうか。たぶん実際に起こったことをリアルに描いたのだろうが、お金のやり取りなどを強調しすぎて母娘の愛憎心理劇がいま一つ不発だった気がする。

この映画にはいくつもの固有名詞が出てくる。母は娘に言う。「『嘆きの天使』のマレーネ・デイートリッヒみたいよ」「バルチュスの絵みたい」「ジョルジュ・バタイユを読めと言ったのに」等々。

私は最近見たバルチュスの絵を考えた。ちょうど展覧会が始まったばかりだが、彼の絵にはこの映画と連なるロリコン趣味がいっぱいだ。少女のポーズなど全く同じに見えた。この展覧会について後日(必ず)書く。

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