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2014年4月20日 (日)

『デジタル時代の著作権』に考えたこと

野口祐子著の新書『デジタル時代の著作権』を読んだ。2010年に出た本だが、映像の著作権を考えるうえで、そうかと納得する部分が多かった。以下はそのまとめだが、JASRACが出てくるとどうも落ち着かない。

創作者に与えられる著作権は、「著作財産権」と「著作者人格権」の2種。前者が上映権など普通の著作権で、後者は「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」などを指す。ここからは私の解釈だが、映画だと前者はプロデューサー、後者は監督などに与えられる。

国際的な著作権保護という発想ができたのは、19世紀。1886年にベルヌ条約ができて、日本は1899年に加盟した。これは、「印刷業者に対する産業規制法だった」。だから本を書いたり読んだりする行為は自由。そこでは「無方式主義」が取られた。これは作品ごとの著作権の登録は不要というもので現在も同じだが、複製を基本とするデジタル時代になると問題が多いようだ。

デジタル時代の最初の有名な判決は「ソニー事件」。ビデオ録画機を出したソニーが1984年に米メジャー映画会社に訴えられたもので、今やソニーがコロンビアを持っていることを考えると、隔世の感がある。もちろんソニーは勝訴して、メジャーは逆にビデオ販売をビジネスに取り込むことになる。今は日本で考えても、総興行収入(約2000億円)よりも、ビデオ売り上げの方が2500億円で多い。

映画において例外的に資金提供者であるプロデューサーに著作権があるのは、ハリウッドのメジャーが米政府を動かしたからだと書かれている。「通常は手を動かして創作活動を行った人に著作権が帰属するのが原則であるのに対して、映画については、契約上の手続きを踏むことで、資金提供者である映画製作者に権利が帰属するようにすることができる」。2004年から日本でも映画の著作権が製作後50年から70年に伸びたが、これまたハリウッドの力らしい。

「カラオケ法理」という言葉がおもしろかった。本来はカラオケを歌った客が音楽著作権を払うべきだが、1988年にJASRAC(日本音楽著作権協会)は個別のカラオケ屋を訴えて勝訴した。直接侵害をしている客に対して管理支配の要件があるうえ、営利目的があるからという。これを「カラオケ法理」と言う。

そういえば、映画館もJASRACに年間規定料金を払っているはずだ。客や配給会社でもないのは「カラオケ法理」か。JASRACと言えば思い出すのは、かつて私がいろいろなホールで映画祭をやっていた頃、よくJASRACから電話がかかってきた。既定の料金を払いなさい、と言う。

そんな時、私はとぼけた。「JASRACとは何ですか?今、忙しいのでまた」。何回かそうやっていると、書類がドンと送られてくる。そしてまた電話がかかってくる。弁護士と相談していかにそれを切り抜けたかここには書けないが、一度も払った記憶がない。

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