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2014年4月23日 (水)

どこが「映画をめぐる美術」か

映画の上映も展覧会もやり方はあるが、映画の展覧会は本質的に難しい。お金がかかる割には観客が来ないというのが、その両方に長年携わった私の教訓。自分がやった映画関連の展覧会で中身もあって大量動員したのは、2000年に全国を巡回した「オードリー・ヘプパーン展」くらい。

少し話がずれるが、最近は恵比寿映像祭とか横浜映像祭とか、現代美術としての映像をまとめた展覧会が増えた。これが映画好きからすると、恐ろしく退屈だ。私のように、30年以上現代美術も見てきた者にとってさえ。

昨日、竹橋の東京国立近代美術館で「映画をめぐる美術――マルセル・ブロータースから始める」が始まったので、珍しく初日に出かけた。GWに大学生に勧める展覧会かどうかを自分の眼で早く確認したかったから。題名に「映像」ではなく「映画」を入れているし、東近美にはフィルムセンターだってあるし。

ところがやはり難しい。展示はカッコいい。入口前にドミニク・ゴンザレス=フォレスティエの作品として、緑の絨毯の2つの縁に日本の映画本が重ねて並んでいる。そのスノッブさを気にしながら展覧会場に入ると、長方形の部屋に4、5台の16ミリ映写機が中央に並び、左右に映像を映している。マルセル・ブロータースの作品で、なかなかいい導入かもと思う。

そこから前後左右の黒いカーテンをくぐって、1から6までのtheatreに入ってゆく形になっている。これがどれもピンとこない。ピエール・ユイグが『狼たちの午後』のモチーフを使った映像、アナ・トーフの『裁かるるジャンヌ』をモチーフにした写真のスライド、やなぎみわの『レオン』と『グロリア』をモチーフに使った映像。あるいは映画の主人公に似せたシンディ・シャーマンの写真の連作。なぜか足立正生や重信房子をめぐる展示。さらに映画館や古い資料館の写真。

私でも名前を知っている著名な作家の作品が半分で、あとは知らない作家だが、どちらにしても作品そのものに刺激がない。せめて映画に対する根源的な思考や愛があればいいのだが。映画のまわりを自分勝手にめぐっているだけの、趣味的でスノッブな作品に見える。これが「映画をめぐる美術」か。

企画展を早々に切り上げて、常設展も少し見た。その一角に「地震の後で東北を思う Ⅲ」という小さな展示があったが、そこの藤井光やChim↑Pomの映像の方がずっと印象に残った。とりわけ藤井光の固定ショットには見入ってしまった。ここには映像の力があった。

ここ数年の東近美の企画展は、「ポロック展」や「ベーコン展」「竹内栖鳳展」「工藤哲巳展」など抜群だ。しかし、今回の展覧会はどうか。映画を学ぶ学生には、このGWにはサントリー美術館の「のぞいてびっくり江戸絵画」展や東京都写真美術館の「下岡蓮杖展」、あるいは森美術館の「アンディ・ウォーホル展」を勧めたい。

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