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2014年4月21日 (月)

『そこにみにて光り輝く』の古さ

呉美保監督の新作『そこのみにて光り輝く』は、先週金曜日の夕刊各紙での絶賛ぶりが尋常ではなかった。読売も日経も毎日も、『ある過去の行方』よりいい場所を与えている。そんなことはあるまいと、慌てて劇場に行った。

結論から言うと、そんなことはなかった。もちろん丁寧に撮られた力作であるのは間違いないが、私には決定的に古い映画に映った。

函館を舞台に、過去に引きずられる男(綾野剛)と貧困のために体を売る女(池脇千鶴)の出会いを描く。女には刑務所から出たばかりの弟がいて、妻子持ちの会社社長と不倫を続けている。さらにボケた父親とそれを介護する母。このどん底に生きる人々を、近藤龍人のカメラが手持ちの長回しで寄り添って撮る。

俳優たちがいい。感情を抑えた綾野剛も、必死で生きる池脇千鶴もリアルだが、弟役の菅田将暉の間抜けぶりが抜群にいい。脇役の火野正平や伊佐山ひろ子も光っている。

だが私には冒頭の綾野剛が裸で寝ているシーンから、なぜか違和感があった。不幸の中で生きることへの自己満足のようなものが、登場人物全員に漲っている。その割には本当の悪人がいない。

綾野と池脇の性交シーンを始めとして、甘ったるいピアノ曲が流れ、後半の祭のシーンにはノスタルジックなアコーディオンの音楽。あるいはスイカを食べながら口ずさむ鼻歌。その自己陶酔感が、私には鼻についた。

同じ佐藤泰志の原作で同じく函館を舞台にし、同じ撮影監督を起用した『海炭市叙景』(2010)も古めかしかったが、この映画はもっと古い。日活ロマンポルノかATG映画の青春映画を思い出した。あの時代ならば間違いなく今年ナンバーワンの傑作だろうが、現代においてはこれでいいのか。

見終わって改めて新聞の評を見ていたら、「朝日」の石飛編集委員(!)が「1970~80年代のATG映画やロマンポルノをほうふつとさせる」と書いていた。パンフでも高崎俊夫氏が同様のことを述べていた。アメリカのニューシネマにも触れている。そうかみんな同じことを考えるのか。問題はだからいけないと思うかどうかだけれど。

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コメント

朝日・石飛です。拙文からにじみ出していたかと思いますが、私はこの作品、ATGやロマンポルノテイストだから大好きです。綾野剛と菅田将暉の関係は、「遠雷」の永島敏行とジョニー大倉の関係と相似形ですよね。「遠雷」の蟹江敬三さん、出番は少ないけれど強烈な印象が残っています。

投稿: 石飛徳樹 | 2014年4月21日 (月) 11時41分

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