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2014年4月29日 (火)

修道院に入るような映画を見た

7月12日公開の『大いなる沈黙へ――グランド・シャルトルーズ修道院』を見た。2005年にドイツのフィリップ・グレーニング監督が作った映画だが、すべてを修道院で撮影した169分の作品が9年もたって日本公開というだけで、何かあるのではと興味を惹かれた。

見てみると、確かに相当変わった映画だ。何だか修道院で3日間くらい過ごした気分になった。それくらい、修道院の日常をひたすら内側から捉えている。

そもそもこの修道院がどんなものかの解説もない。20人ほどの修道士が暮らしているが、名前もわからないし、だいたい彼らは話をしない。揃って礼拝をし、食事をしたり、森を歩いたり、猫にエサをやったり、たまに散髪をしたり。1日を写すわけでもなく、いったいどのくらいの時間がたったのかさえわからない。時おりキリストの言葉のようなものが、無声映画のように中間字幕で出てくる。

修道士たちの映像の合間に、降り積もる雪、激しい雨、外の植物が写り、あるいは修道院を外から捉えた映像を高速で見せる。ときおり、荒い粒子の8ミリの映像が挟み込まれる。ほとんど実験映像のようでもあるが、そこに住む人々の心に写る光景のようにも見える。

祈る姿や本を読む姿を後ろからアップで見せたり、パソコンで書類を作る修道士を写したり。時おり彼らを1人ずつ正面からアップで顔を見せる。窓から室内に注ぎ込む光が優しい。そこに塵が舞い、彼らの着る生成りの服や白髪が映える。

聞こえる音と言えば、鐘の音くらい。あるいは廊下を歩く音や食事を配る音。礼拝で揃って歌う声。終わり近くに盲目の修道士が神の偉大さについて語るシーンが唯一の説明らしい言葉だろう。後は空間も時間もなく、日常の細部だけが写る。

3時間近い映像のできごとらしいものは、2人の若い修道士が入会したことくらい。その時に名前が呼ばれるので(たぶんバンジャマンとセバスチャン)、唯一名前がわかる。1人はアフリカ系の黒人だが、彼らはその後もよく出てくるし、若いので印象に残る。あるいは後半に雪の坂道をスキーのように降りたり、雪合戦をするシーンだけは笑いを誘う。

映像が素晴らしいというよりも、修道院そのものが感じられるように撮られた映画だ。日本にも禅寺があるし、世界各地にこうした禁欲的な場所があるのだろう。快楽主義の私には遠い世界だが、こうした世界を見るのは心地よい。長いのになぜか見ていて全く退屈しなかった。


ところで「シャルトリューズ」といえば、私にとってはパリのカフェでスノッブな人が頼む高い食後酒だった。あるいはスタンダールの『パルムの僧院』の原題La charetreuse de Parme。グルメの飲み物や波乱万丈の小説の元になるのが、こんなに厳格な修道院だったとは。

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