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2014年5月17日 (土)

『トランセンデンス』の現実性

6月28日公開のジョニー・デップ主演『トランセンデンス』を見た。製作総指揮にクリストファー・ノーランの名前があり、監督がノーランの『インセプション』の撮影監督ウォリー・フォスターと聞いて、見たくなった。

見てみると確かにおもしろかったが、『インセプション』のような新しい知覚体験ではなかった。むしろ、その近未来的なリアリティが怖くなった。

物語はテロリストに襲われてもうすぐ死ぬという科学者ウィルが、同じ科学者の妻に頼んで自分をコンピューターにインストールしてもらう、というもの。彼の頭脳はオンラインで世界中のコンピューターに入り込み、2年後には妻が巨大なデータセンターを砂漠に作り、2人は金融から政治、医学まですべてを操ろうとする。

個人の頭脳がコンピューターにインストールされるという設定は、どう考えてもありそうにない。しかしながら、ある野望を持った人間が、ネットを通じてあらゆるコンピューターにアクセスして自分の思い通りに世の中を変えてゆくことはできそうだ。あるいは人工知能の暴走だって十分ありうるだろう。

とりわけスマホで多くの人間が常時接続状態にある現代は、そこに忍び込んで人々を自由に操ることは容易だろう。四六時中LINEばかり見ている若者たちは、全員が簡単に騙される。

コンピューターで世界を支配しようとするウィルに対抗できるのは、コンピューターにウィルスを仕込むしかないというのもリアルだ。そしてそのウィルスはまるで吸血鬼のように、血を経由して伝染するという古めかしい設定も悪くない。この映画自体が、デジタルなフランケンシュタイン作りのようなものだし。

ウィルを演じるジョニー・デップの真面目と狂気が一緒になったような感じもいいし、その妻を演じるレベッカ・ホールの健気さと実行力の混在する感じもリアルだ。見終わって、砂漠の地下5階に作られた巨大なデータセンターの映像を思い出すと、やはり怖くなる。

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