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2014年5月15日 (木)

『収容病棟』のカメラは追う

6月に公開される中国のワン・ビン監督の新作ドキュメンタリー『収容病棟』を見た。237分、つまり休憩を入れると4時間を超す。もっともこの監督は、最初の作品で『鉄西区』(2003)という9時間を超すドキュメンタリーを作っているが。

見終わって一晩たっても、まだあの鉄格子の中にいるような気がする。中庭を取り囲む三階建ての四角の建物で、廊下はつながっているが、各階は閉鎖されている。廊下の鉄格子越しに1階や中庭を見る人々。絶えず、話し声や祈りの声やテレビの音に鉄格子の金属音が混じりあって聞こえてくる。体臭や糞便の混じった匂いまで。

精神病院のドキュメンタリーと聞いて、衣笠貞之助監督の『狂った一頁』(1926)のように、精神病患者が踊り狂うイメージを想像していた。しかし、むしろブレッソンの『抵抗』(56)やベッケルの『穴』(60)の描く刑務所に近い。

カメラは、その建物の3階の男性病棟に住む人々を追いかける。夜中に突然廊下を走り出す若い男、部屋の中の洗面器におしっこをする男、イスラム教のお祈りをする男、手錠をかけられて騒ぐ男、すぐに裸になる男、スリッパで蚊をたたく仕草を繰り返す男、退院して両親の待つ家に帰る男、毎日薬を飲まされる男たち、1階で立ちながら丼をすする男たち。

多くの人々はおとなしく、とても精神病には見えない。少しでも目立つ行動をする者を、カメラは執拗に追いかける。患者たちにはカメラは見えているはずだが、気にするふうではない。むしろカメラがあることで、感情が高ぶっているのかもしれない。

2つのとびきり美しい愛の場面がある。訪問に来た妻に駄々をこねる男とそれを見ながら余裕綽々でいつも笑っている妻。それを見守る人々や開閉するドアから部屋に差し込む優しい光。階下の女性に「愛している」と声を掛け、とうとう鉄格子越しに抱き合うことに成功する男。彼らを照らす夜のランプの温かさ。ワン・ビンのカメラは、愛の濃厚な情景を周囲の空気と共に見事に写し取る。

テロップで患者たちの名前と入院の長さが出るが、病名も経歴もわからない。もともとナレーションもなく、最後の解説字幕までどこの病院かもわからない。そもそも彼らの大半には、何の異常も見えない。そしてそこにいる人々の生活には、世界のどこにでもある社会の底辺の人々の真実がある。中国の精神病院の毎日を見ながら、そこに現代世界の真実が忽然と浮かび上がる。この映画は、しばらく後を引きそうだ。

考えてみたら、今の中国でよく撮影の許可が出たと思う。香港・フランス・日本の合作だが、とても中国では公開されないだろう。この監督の作品を日本で公開してきたムヴィオラが今回は製作から入っており、日本語字幕もそのT社長が担当していた。がんばれ、ムヴィオラ!

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