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2014年5月21日 (水)

『百瀬、こっちを向いて』の肩すかし感

映画館に行くと、上映前に「NO MORE映画泥棒」のCMがある。『百瀬、こっちを向いて』という映画の試写状が来た時、監督はそのCMを手掛けた耶雲哉治と書いてあったので、見に行かなかった。どうしても、あのCMは苦手だから。

けれど、公開前日には朝日を除く(得意の特オチ)各紙に映画評が載ったので、見に行くことにした。ポスターなどのビジュアルも良かったし。

結果としては、凝った映像をそれなりに楽しんだが、どこか肩すかしを食らった気分もした。似たような感じの題名でも『桐島、部活やめるってよ』のような驚きはない。

物語は、作家となった青年ノボルが出身の高校に招かれて講演会をするために新幹線に乗っているところから始まる。故郷の町で偶然子供を連れた女性と出会い、15年前の高校生時代の回想が始まる。

高校1年生はノボルは恩人の先輩の宮崎に頼まれて、同級生の女の子百瀬と付き合っているフリをする羽目になる。宮崎は百瀬と付き合っていることを、本命の恋人に知られたくない理由があった。

映画の大半は、ノボルと百瀬の疑似恋愛を描く。そこに時おり出てくる現在。疑似恋愛の中でノボルは次第に百瀬を好きになってゆくところがポイントだが、その過程を透明感溢れる華麗なカメラワークで見せてゆく。そしてシンプルなピアノ曲が盛り上げる。

岩井俊二や行定勲を思わせるような「映像派」の作品だが、その技巧が目について本当の恋愛の苦しみが伝わってこない気がした。ノヴァーリスや鴎外といった文学の話を含めて、全体がスノッブというか。

高校生を扱った映画でよく思うのだが、この映画に出てくる高校生たちもどう見ても大学生か大人に見える。服装も身振りも話す内容も。百瀬役の早見あかりが出てきた時は、ぎょっとした。そのふてぶてしい存在感は15歳ではなくて、OLに見えた。実際は19歳のようだが、いずれにしても。

やはり「NO MORE 映画泥棒」は苦手だ。


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