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2014年5月 5日 (月)

久しぶりに現美の展覧会を楽しむ

木場の東京都現代美術館は、私にとって1995年の開館時からすべての展覧会を見ている唯一の美術館だろう。ここにも書いているように、最近そこの企画展がことごとくおもしろくない。単に質が落ちたのか、あるいは私の感覚が古くなったのかと考えていた。

しかし、今月11日まで開催の「MOTアニュアル2014 フラグメント―未完のはじまり」はおもしろかった。MOTアニュアルは、毎年、年度末に日本の現代作家からあるテーマで数名選んで展示するものだが、ここ数年はいま一つだった。今回はフラグメント、つまり断片というテーマで6人(またはユニット)の作品を展示している。

どれも一見自己主張をしないミニマルな作品が多いが、よく見るとコンセプト力が強く、かつ美的なセンスに溢れていて、見ていて心地よかった。どれが一番いいというよりは、それぞれに自分の日常の断片から世界を形成していて、全体として現代日本の新感覚が出ている感じ。

冒頭の高田安規子・政子という一卵性双生児のユニットは、洗面器の中に小さなローマ遺跡を作ったり、富士山の地図を線の部分だけ切り取ったり。断片と巨大が往復するめまいの感覚に襲われる。

青田真也はプラスチックのボトルを並べただけだが、その古びた感じが妙に愛おしく感じる。色彩のバランスも抜群で見ていて楽しい。福田尚代の本や文字を徹底的に壊してしまう感覚は、どこから来たのだろうか。本という存在の根源が見えてくる。

吉田夏奈の作り出す緑の空間は宇宙的だ。小豆島に住んでいるらしいが、都会では見えない原初的な自然が壁のあちこちに飾られた空間から迫ってくる。パラモデルというユニットは、地下鉄の断面図やマンションの図面を再現しながら、現代社会の構造をおもちゃのレベルで見せてくれる。そのオタク的なこだわりがいい。

現代美術の映像は苦手だが、宮永亮の作品は、日本各地の映像の重なりが、見ていて飽きなかった。そこには少なくとも身体感覚でとらえた今の日本があったから。

そんなわけで、どれも楽しかった。ある部屋で学芸員のMさんが作品解説をしているのに出くわした。20年近く会っていないが、その楽しげな様子が全く変わっていないのに驚いた。彼女の企画だったのかと納得した。

これに比べると、同時開催の「驚くべきリアル スペイン、ラテンアメリカの現代アート」の印象は薄い。作家数が多すぎて各作家の個性が見えないこともあるが、全体にコンセプトは壮大だが作品の質がついていっていない気がした。日本の作家の職人芸的な完成度の高さを見た後だからかもしれないが。

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