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2014年5月16日 (金)

明治時代の日本の美意識を考える

明治時代の日本の美意識を考える展覧会を2つ見た。1つは、日本橋の三井記念美術館で7月13日まで開催の「超絶技巧 明治工芸の粋」展、もう1つは上野の東京芸術大学大学美術館で6月22日まで開催の「法隆寺 祈りとかたち」展。

「超絶技巧」展は、海外輸出用に作られた明治時代の工芸品を、京都の清水三年坂美術館の所蔵品から選んだもの。これまでは外国人向けに作られた「キワモノ」扱いで、美術史的な評価は低いが、今の眼で見るとなかなかおもしろい。

例えば「刺繍絵画」というジャンルがあるとは知らなかった。ひと針ひと針手作業で画面を埋め尽くした絵画だが、絹糸の輝きや感触が、絵の具の絵画とは全く違う世界を作り出している。《瀑布図》という作品は滝を描いたものだが、水しぶきが今にも飛んできそう。

「自在」というジャンルは、鉄細工で蛇や龍や手長海老などを再現したもの。《蛇》は260個の鉄製の部品を組み合わせたもので、とぐろを巻いたり伸ばしたりできるらしい。一番びっくりしたのは象牙で食べ物を作った「牙彫」というジャンルで、茄子や竹の子やバナナやパイナップルなどがあった。これは安藤緑山という人が作ったものらしいが、本物そっくりとはこのこと。

こんなものが家にあったら、お客さんを楽しませることができるだろうという小物がいっぱいだ。そんな見世物的要素満杯の工芸品を外国人向けに作っていたのだから、明治の日本人は器用を通り越してしたたかというべきか。

一方、「法隆寺」展でなぜ明治時代を考えたかというと、展覧会の冒頭にフェノロサや岡倉天心が廃仏毀釈運動の中で奈良の仏像を守る運動をしたことが出てくるからだ。これまできちんと調査されていなかった所蔵品の目録を作り、その意義を再評価したらしい。

アメリカ人のフェノロサに日本の伝統的美術を守るべきだと言われて天心が調査を始めたのが、興味深い。そして芸大で教える日本画家達が金堂壁画を何度か模写をする伝統ができる。日本画家が7世紀の壁画を模写する行為自体、今考えると不思議だ。

美術館を出ると「金堂壁画」の矢印があるので行ってみると、「陳列館」に着いた。1949年に焼損した壁画の、焼損前に撮影されたガラス乾板やコロタイプ印刷に画家達の模写を元に、デジタルで合成された復元図が展示されていた。2階の再現された展示はかなり迫力がある。模写よりも入場無料のこちらの方が、素人にはおもしろかった。

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