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2014年6月27日 (金)

豊洲ノスタルジア

先日、必要があって前に豊洲に買ったマンションの契約書を見ていたら、またノスタルジアが蘇ってきた。豊洲は、有楽町線で銀座1丁目から3つめの駅がある街だが、かつて3年半ほど住んだことがあった。

豊洲のマンションを買った契約書は、1992年12月の日付だった。1992年の夏は、当時勤務していた政府系機関の海外短期研修で、3カ月間ヨーロッパにいた。ロカルノやベネチアやサン・セバスチャンの映画祭に行き、エジンバラ演劇祭や現代美術のオリンピックと言われるカッセル・ドクメンタなどを回った。

そうして10月に帰国すると、どうも仕事をする気がしない。理由をつけて早めに職場を出ては、映画を見たり、デパートに行ったりしていた。そんな時、門前仲町の画廊に寄った帰り道、駅前にあった不動産屋の前で足が止まった。見ると、窓にマンションの物件が並んでいた。

何かに引き込まれるようにするすると店に入り、「このあたりに安いマンションはありませんか」と出まかせを行った。すると出てきた同年輩の男性が、「今ヒマなので、ちょっと車で一回りしませんか」。まるで誘拐にあったように車に乗った。

鍵をいくつも持ったセールスマンは、「最近どんどん下がっているので買い時ですよ」と言いながら、いくつかのマンションを中まで見せてくれた。そのうちの一つは運河に面していて、ベランダからの眺めが最高だった。その日はそれで帰った。

それから、時々電話がかかってくる。「本当に気に入られたのは、わかりましたから」「また200万円下がりました」。しばらくしてもう一度見に行き、「あと200万円下がったら」と条件を出した。その時歩いてみてわかったのは、駅から歩いて15分で、周りには本当にコンビニも何もなかった。

駅のまわりも今なら「ららぽーと」があって、巨大なスーパーもシネコンもあるが、当時は本当に小さなスーパーが2つとセブンイレブン。それでも「今買わないとマンションは一生買えなくなる」という気がした。バブル期にあれよあれよと住宅の値段が上がっていったのが記憶にあった。「底値ですよ」という声が効いた。

200万円下がったので契約を結び、リフォームをして、93年の初めから住み始めた。それからは家にいるのが楽しくて、いよいよ仕事が嫌になった。新聞社から誘いがあって転職したのは、それから半年後だった。つづく(たぶん)。

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