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2014年6月23日 (月)

『春を背負って』の「大作」感

夏になると海や山に行く人は多いが、私はどちらも興味がない。東京で本を読み映画を見て、たまに散歩をすれば十分だ。そのせいか山や海を舞台にした映画もどうもピンと来ないが、公開中の『春を背負って』を見に行った。

それはもちろん、木村大作監督の前作『劔岳 点の記』が抜群におもしろかったから。撮影監督として知られた木村が、監督になって本当に撮りたいものを撮った、という感じがした。

今回も同じく山岳映画だし、木村らしい映像に溢れている。主人公の松山ケンイチが大きな荷物を抱えて山の中を歩くだけで、リアルな迫力と詩情が同時に伝わってくる。夕日や雪景色など、絵葉書のような陳腐な風景が、この映画では、なぜか息づいて見える。人間や自然の一瞬の表情を切り取る感覚が抜群なのだろう。

ところが、私は途中から退屈した。時代がかった大げさな音楽にウンザリしたこともある。それ以上に今回の映画は最初から最後まで「大作感」に溢れていて、ドラマチックな葛藤が欠如している気がした。

物語は、父親が亡くなり、松山ケンイチ演じる主人公が金融トレーダーを辞めて、山小屋を引き継ぐというもの。壇ふみ演じる母は優しさの極限だし、父の後輩役の豊川悦司は山男の厳しさを教える。そして将来の妻になりそうな若いアルバイト女性(蒼井優)まで用意されている。

そのほか脇役も芸達者が揃う。でんでんや新井浩文のような通常悪役が多い俳優も含めて、「全員が善人」の映画だった。だから見ていて、どこか落ち着かない。

終わりの松山と蒼井の純愛の表現には赤面してしまった。もちろん現代においてあえてこういう場面を撮るのは、大変な勇気がいることだとは思うけれど。

見終わって、クレジットに「企画協力」で元東映重役の坂上順氏の名前があったので、あれっと思ったら、これは東宝の配給だった。前作は東映とフジテレビが中心で、今回は東宝とフジテレビ。今回の「大作感」はそこに原因があるのかどうか。いずれにしても、日劇は公開2週目でガラガラだったから、興収は前作の25億円強を下回るだろう。登山服で来ていた観客が何人もいたのが微笑ましかった。

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