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2014年6月25日 (水)

『くちづけ』の完璧さ

フィルムセンターで増村保造特集が始まった。初日に第一回監督作品の『くちづけ』(1957)を見て、その完璧な出来上がりに舌を巻いた。この作品を見たのは30年ほど前だが、鮮烈な印象は変わらない。

冒頭、刑務所への道を歩く若い男が出てくる。右側に長い壁があり、車が通り過ぎて埃が舞う。そこを拗ねた顔をして歩く川口浩。ラストは、同じ場所を出獄した父と歩く娘役の野添ひとみ。車が一台通り過ぎる。そこに川口を乗せた母役の三益愛子が運転する車がすっーと止まる。映画的時間の経過を、こんなに華麗にAからA´にして見せらると、唸るしかない。

物語は実に単純で、刑務所の面会室で出会った若い男女の恋愛を描く。女は父親を保釈するために10万円が必要で、そのために愛人になろうとする。彼女を好きになった男はそれを阻止するために何とかお金を作り出す。お金と恋愛のせめぎ合いをかくもシンプルに見せられると、ゴダールみたいだと思ってしまう。

そのうえ、男は口下手で愛情を言葉にできない。最後のセリフを思い出す。「なぜ10万円をくださるの」「わからなければ受け取れないのか」。男はキス。「これでわかっただろう」「どうして愛していると言ってくださらないの」「君が好きだよ、大好きだよ」

恋愛感情が初めて言葉になる瞬間を、これほど鮮烈に描いた映画があっただろうか。この映画自体が、最初に刑務所で出会った時の互いの一目惚れから、それが言葉になって共有されるまでを描いたものと言えるかもしれない。そのうえ、この告白シーンは女が住むアパートの横の鉄工所の階段が舞台で、夜の鉄工所の織り成す光と影の鮮やかさと金属音は、まるでフリッツ・ラングかスタンバーグでも見ているような気分になる。

恋愛とお金、愛情と言葉といった根源的テーマに加えて、女が愛人になる前に男は10万円を作ることができるかというサスペンスが加わる。ようやく10万円はできたが女の住所を失くしてしまった男は、雨の中を走り回り、あちこちに電話して何とか突き止める。その一途さと滑稽さの混交。

ロケで1950年代の東京が出てきたも楽しかった。江の島の海水浴場やローラースケート場、療養所のある清瀬駅、銀座四丁目交差点、画家の住む三番町のバス停など。「東京アパート」と呼ばれる高級マンションの舞台はどこだろうか。

去年の清水宏に続き、今年は増村保造の夏となりそうだ。新作の試写どころではない。

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コメント

いつも拝読しています。「くちづけ」、本当に素晴らしい作品ですね。増村さんの作品のなかでも出色だと思います。

投稿: ウエダテルヒサ | 2014年6月25日 (水) 09時30分

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