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2014年6月15日 (日)

沖縄からゴジラへ

初めての沖縄旅行の目的は、映像関係の学会出席だった。若い研究者たちの発表のレベルの高さには最近いつも驚くが、今回一番印象に残ったのは、シンポジウムで沖縄テレビの山里孫存さんが見せた映像だった。

それは米軍が沖縄戦を撮った映像に始まるが、防空壕から米兵に促されて出てくる親子が出てくる様子をテレビで見ながら「あっ、あれはお父さんだ。とするとあの子は私とお姉さんだ」と話す老婆たちが写る。沖縄テレビが米国の国立公文書館から入手した映像をDVD化して、各地で見せて回っている様子を撮影したものだ。

70年近い前の映像だが、それを見るかつての少女は自分の姿は認識できなくても、若い頃の父親の姿はわかる。そしてそうやって自分が生き残ったことを奇跡のように思う瞬間だ。映像は人間の記憶を一気に蘇らせる。70年前の映像に自分を確認する老婆たちを見て、東京に住む私は、この国の歴史を考える。

山里さんの映像にも出てくるが、もともと米国立公文書館から沖縄戦の映像を買うのは、1980年年代に始まった「一フィート運動」がやってきたことだという。この運動の名前は、確かに学生の頃聞いたことがある。そして今では地元の民放が受け継ぎ、公民館などで地道に見せているのだから驚く。

山里さんが発表したシンポの中で、沖縄の「青い海と空、白い砂浜」のイメージは、1975年の沖縄海洋博以降のことだ、と言った人がいた。いわゆる「沖縄ブーム」だが、沖縄の人々は今でもこれに違和感を持つという。そんな時、70年前の映像は歴史を記憶することの重要さを一気に見せる。「沖縄の美しさの中に記憶を見るかが問題」と発言した人もいた。

映像によって、過去が一挙に蘇った感じをつい先日味わった。1954年の『ゴジラ』のデジタルリマスター版を劇場で見た時だ。もちろん7月の米国版『Gozillla』公開のためのイベントだが、見ながら映画史と日本の歴史と現在が交差して、見終わった時は眩暈がしそうになった。

最初に東宝のマークの前に、「後援:海上保安庁」と出てくる。今でも尖閣問題などでよく話題になるが、1954年にもうあったのかと思った。それと同時に、戦前の『ハワイ・マレー沖海戦』を思い出した。こちらは東宝マークの前に「海軍省検閲済み」と出てくるが。

もちろん「特殊技術:円谷英二」の名前も同じ。そして白黒画面のクレジット伊福部昭の悲壮で大仰なテーマ音楽が流れると、なぜか泣き出しそうになった。この映画については後日再度書く(予定)。

付記:山里さんの名前が違うというコメントがあったので修正しました。(6/16)

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コメント

失礼ながら、山里孫在さんではなく、山里孫存さんではないでしょうか。

投稿: | 2014年6月15日 (日) 15時05分

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