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2014年6月30日 (月)

台北・故宮博物院展に考える

現在開催中の「台北・故宮博物院 神品至宝」展については、「國立」の有無の問題についてWEBRONZAの求めに応じて書いたけれども、その中身については触れる余裕がなかった。この展覧会は、台北の故宮博物院から初めて所蔵品が日本に出品された貴重なものだ。

世界の一流美術館で日本に来ていないのは、もはやここくらいだろう。いわば最後の秘境だったわけだが、その目玉は《翠玉白菜》という。チラシにも「門外不出の《白菜》奇跡の出品!」と書かれている。

この作品だけはほかの作品が展示されている平成館ではなく、本館の5室に1点だけ展示されている。これだけ7月7日までの展示(ほかは9月15日まで)ということもあって、2、3時間待ちの状況らしい。私も見たが、正直なところこれがなぜ傑作なのかわからない。

とにかく小さい。幅5センチ、高さは20センチ弱。白い白菜の上の青い葉の部分にキリギリスとイナゴがいる。翡翠を磨いて彫り上げたものだが、遠くから見るとプラスチックのようだ。作った作家の名前もなく、時代は18~19世紀と大ざっぱ。皇帝の妃の嫁入り道具らしい。

この後、この展覧会は九州国立博物館に巡回するが、そこでも2週間限定の目玉がある。《肉形石》がそれで、これは福岡に行かないと見られない。これは何と豚の角煮そのものだ。写真を見る限り、焦げ目をつけた皮や油の部分が何ともおいしそう。石を彫ったものだが、冗談みたいだ。

東京で9月まで展示されているうちの目玉は《人と熊》。これも2点の目玉と同じく18~19世紀の清時代の作品だが、高さがわずか6センチ。黒い熊と白い子供が抱き合った姿で、可愛いと言えば言えるけれど。

そんな「目玉」よりも、おびただしい数の書画や焼物がどれも見ごたえがある。その数々を見ていると、日本のいわゆる伝統文化の大半は、中国の模倣とわずかな変容に過ぎないのではと思えてくる。

とりわけ山水画の数々は、先日見た鉄斎と違って、いかにもリアル。実際の禿げた岩山を見て描いているのが、よくわかる。これは見ていて飽きなかった。書は私はわからないが、「ありがたみ」は十分感じた。

いわば中国の歴代皇帝のコレクションだが、1911年に清朝から中華民国へ移り、さらに日本軍を避けて疎開。そのうえ、1948年には中華人民共和国に追われる形で台湾へ。数奇な運命とはこのことで、よくこれだけの品々をきちんと保存してきたと思う。

カタログをきちんと読んで、もう一度見たい。《白菜》はもうたくさんだけど。どうでもいいが、グッズ売り場に「神品至宝 肉形石」があって、よく見ると豚の角煮のレトルトだった。ほかにもレトルトの「神品至宝 カレー」や「神品至宝 ラーメン」まであった。「國立」の有無より、よほど問題じゃないかと思った。

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