« 増村、大映最後の『遊び』 | トップページ | 旬の近藤正臣を楽しむ »

2014年7月17日 (木)

そしてガレルは続く

9月公開のフィリップ・ガレルの新作『ジェラシー』を見た。ガレルと言えば、ヌーヴェル・ヴァーグを継承する次の世代の代表格だったが、もう今年で66歳。私は『自由、夜』(83)や『彼女は陽光の下で長い時間を過ごした』(84)などを留学中のパリで見て、大好きになった。

その後も数年に1本ずつ撮り続けているが、すごいのはテーマが相変わらず愛の物語であることだ。男女が出てきて部屋の中でえんえんと好きだの嫌いだの言って、しまいにはどちらかが出てゆく。ある意味ではかつての「退屈なフランス映画」の典型だった。

今度も同じで、冒頭に泣く女が出てくる。そこに男の「行かないと」という声と「行かないで」と頼む女の声。それから彼らとその娘が写る。監督の息子であるルイ・ガレルが演じる男は、新しい恋人のクローディア(アナ・ムグラリス)と小さな屋根裏部屋に住み始める。

もちろんそれは長続きしない。舞台俳優の男は同じ芝居に出る女に誘惑されたり、父親の元恋人と双方子連れで映画を見に行ったりする。女優志望だが仕事のないクローディアは狭い部屋で息が詰まりそうだが、建築家と出会って仕事をもらう。そして女は出てゆき、男は落胆のあまり銃を手にする。そして時間がたつ。

冒頭の短い泣く場面以外は、ほとんど激しいシーンもなく、横長の白黒画面で語り合う男女がえんえんと映る。とりわけノーメイクのアナ・ムグラリスのアップがいい。あんなにしゃがれた声だとは思わなかった。彼女の苦悩が自然に伝わってくる。

激しい情熱を表に出さずに、まるでそのエッセンスだけを一瞬の顔の表情で見せる感じで物語は続く。その淡々とした展開と、裏に隠された大いなる愛や嫉妬の物語の乖離が、何とも心地よかった。上映時間はわずか77分で、愛を凝縮して見せる。白黒のせいもあって、全く時代を超越している感じで、建築家がスマホを出すまで現代の物語とはわからないくらい。

自分の映画を、いつまでも撮り続ける監督というのはいい。とりわけ今回は、短いがゆえに良かった。力のあるショットがあれば、室内の会話だけでも映画は成り立つことの証明だ。

|

« 増村、大映最後の『遊び』 | トップページ | 旬の近藤正臣を楽しむ »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/59997335

この記事へのトラックバック一覧です: そしてガレルは続く:

« 増村、大映最後の『遊び』 | トップページ | 旬の近藤正臣を楽しむ »