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2014年7月16日 (水)

増村、大映最後の『遊び』

増村は大映で1957年に監督になり、1971年に大映が倒産するまで48本の映画を映画を撮っている。少し下の世代の大島渚がすぐに松竹を辞めたのとは大きな違いだ。増村の大映最後の『遊び』(71)を見た。

倒産寸前で予算もなかったに違いない。デビュー当時からから資本主義社会の華やかな部分を正面から描いてきた増村にしては、ずいぶん場末感溢れる設定だ。

工場勤務の17歳の女工(関根恵子)とやくざに弟子入りしたばかりの19歳のチンピラ(大門正明)の初恋を描いた映画だが、2人とも貧しく、当時の高度経済成長から完全に取り残された感じ。

前半は2人の出会いを描きながら、フラッシュバックでそれぞれの貧しい生い立ちや両親との確執が描かれるが、見ていてかなりつらい。映画がおもしろくなるのは、2人がバーに行くあたりから。チンピラはやくざの兄貴分(蟹江敬三!)に関根を紹介する予定だったが、旅館から2人で抜け出して、タクシーで遠い高級ホテルに行く。

そこで2人は愛を交わすわけだが、2人の初々しさが画面に広がる。関根は一緒に風呂にいらず、貧乏性で食器を洗ったり洗濯をしたりする。しかしいざとなると「抱いて」「あなたの好きにして」と迫る。大胆に胸をはだけて乳房を(乳首までくっきり!)見せるので、1971年になるとここまで見せられるのかと思った。

高級ホテルに入って2人はその豪華さに驚くが、今見るとそうは見えない。タイル張りの風呂はずいぶん狭く見えるし、料理も鳥の腿焼きなど庶民的な気がする。地方で古い旅館に入った感じか。

ラストで2人は背丈まで雑草の生い茂る沼地を歩き、沼に出る。そしてボートに乗るが、そこに穴が開いているのか水がたまっていて乗れない。そこでボートに掴まって2人は泳ぐ。何という中途半端な逃亡だろう。それゆえに漂う不思議なファンタジー。未来があるようでないような、大映のその後を暗示するような結末に見えた。

プリントは美しかったが音が割れていたせいもあって、チンピラが騒いだり、貧乏な家族の言い争う場面の多い前半は、かなりつらかった。増村のピークは、デビューから『華岡青洲の妻』(67)の10年間か。

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