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2014年7月20日 (日)

今また三里塚について考える映画

学生の頃、たぶん作家の小田実だったと思うが、「成田からは飛行機に乗らない」と書いているのを読んで驚いた記憶がある。私が初めてパリに行くのに、成田からエールフランス機に乗る直前だったと思う。

成田は住民の声を無視して無理やり作った空港だから、そこから乗るわけにはいかない、自分は外国へは大阪伊丹空港(まだ関空はなかった)からソウル経由で行く、という論理だったと思う。

もともと成田空港反対闘争の時期(60年代後半から1978年の開港まで)は、私は小学生から高校生の頃で、何のことかわかっていなかった。72年の「あさま山荘事件」以降、学生運動に対するイメージは悪かったし、開港直前の活動家による管制塔占拠の映像は、高校生の私にも「無駄な抵抗」に見えた。

それがポジティブに変わったのは、大学の時に小川伸介監督の『日本解放戦線 三里塚の夏』(68)を見てからだろう。機動隊が棍棒で農民や学生ををボコボコに殴る様子を見て、これはおかしいと思った。

最近、大学で試写をやってくれと、1枚のDVDを渡された。11月に公開される『三里塚に生きる』で、監督・撮影は『三里塚の夏』のカメラマンだった大津幸四郎で、代島治彦が共同で監督をし、編集を担当している。

これが思いのほかおもしろかった。今も三里塚に生きる人や10年ほど前に近くに引っ越した人々を訪ね歩き、当時の闘争の映像を見せながら話を聞いている。そのほとんどが青年行動隊に属していた農村出身の人々で、多くが今も農業を営む。

ある人は「飛行機は絶対に乗らない」「あれは間違いだから」と言いながら、畑の上を飛ぶ飛行機を睨む。キャベツを洗う人やネギをビニールに入れる人、さつまいもを取り入れる人。時おり飛行機のすさまじい爆音が響く。

成田闘争の伝説的な2人がクローズアップされる。1人は青年行動隊のリーダーだった三ノ宮文男で、機動隊の強制的な土地収容が繰り返された71年に、「空港をこの地にもってきたものをにくむ」という遺書を残して自殺する。今も彼のことを思い出して涙する者がいる。

もう1人は大木よねで、三ノ宮が自殺した年に土地と家屋を強制収容される。機動隊に囲まれて、遮二無二車に乗せられた時の表情がすごい。そして彼女が家の前に書いた「戦闘宣言」にも驚いた。全学連の学生で彼女の養子になった小泉英政は、その頃の様子を淡々とした表情で語る。彼の畑の本当の真上を、JALやANAが飛んで行く。

最近、羽田の滑走路が増えて、世界各地に羽田から行けるようになった。都心に近くてずっと便利だ。成田はいったい何だったのか。この映画を見ていると、福島原発や沖縄と同じような差別の構造が浮かび上がる。

さて、これを現代の大学生に見せるべきかどうか。そもそも見に来る学生がいるのだろうか。

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コメント

ユーロスペースの小川紳介特集上映で「三里塚の夏」だけ鑑賞しました。
警察の強権と暴力、村人の抵抗が映るのと対照に、ラストシーンは交響曲第九番を伴奏音楽にして空撮で美しい村の情景を撮り
より美しい自然の中で闘い続ける農民の姿が印象に残りました。

投稿: | 2014年7月20日 (日) 11時23分

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