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2014年7月11日 (金)

またオルセー美術館展が始まった

またオルセー美術館展が始まった。今度で何回目だろうか。もともとこの美術館がパリにできたのが1986年だから、30年にもならない。その10年後あたりから日本で展覧会が始まって、もう5回はやっている。

またノスタルジアになるが、私がパリに留学した時はオルセー美術館はまさに工事中の建物だった。できた当初は混雑しているというので行く気がせず、初めて行ったのは1990年頃だろう。

それから10年ほどたって、仕事で通うようになった。当時は日経新聞が国立西洋美術館で数年おきにオルセー美術館展を開いていたので、何とかそこに入り込もうと「オルセー詣で」を続けた。

裏側の通用口で来意を告げて入館証をもらい、エレベーターに乗って長い廊下を歩いて館長室に通う道のりは今でもありありと思い出す。ほかの新聞社やテレビ局の担当者と出くわすことも何度もあった。

要は億単位の寄付をするので、オルセー展を日本でやらせてくれというもので、本当にいいカモだった。だから今もオルセー展を続けている関係者を批判するとお前もやっていたじゃないかと言われそうだが、あれは屈辱以外の何物でもなかった。

さて今回のオルセー展は、副題が「印象派の誕生―描くことの自由―」。あれ、これは90年代後半の最初のオルセー展とほぼ同じだ。ポスターで使われているのマネ《笛を吹く少年》は、たしか90年頃西美でやった「ジャポニスム展」でも目玉だったと思う。

そんな既視感ばかりの展覧会だが、あえて言うと、印象派以外が適当に交じっているのがおもしろい。オルセーは19世紀美術館と言われるがそれは間違いで、1848年から1914年までが範囲だ。つまりは2月革命で王政が終わって第1次世界大戦までの時代。

この展覧会も印象派が始まる以前の19世紀半ばからの作品が並ぶ。ミレーの《晩鐘》を代表とする労働者を描くものや歴史や神話をテーマにした大仰な絵も多い。知らない画家の名前が大半だ。

静物画も肖像画もずいぶんクラシックな描き方をしたものが多い。ルノワールのような印象派そのもののような画家とアカデミックな香りのするアンリ・ファンタン=ラテゥールのどちらがモダンかわからなくなる。さすがに風景画だと印象派らしいものばかりだけれど。

あえて印象派を相対化するような展示構成だったのはおもしろかったが、それにしても既視感がありすぎる。フランスへの巨額の寄付金を回収するのに必死のマスコミに踊らされて、日本の観客が大勢攻めかける。その結果としてフランスの美術館はより豊かになってゆき、日本には何も残らない。

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