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2014年7月25日 (金)

ダニエル・シュミットの時代

ある男性小説家が、性交の場面を書くと書いている自分が興奮してくると書いていたが、昨日ここにパラジャーノフやダニエル・シュミットやマルコ・ベロッキオの名前を書いたら、急に見たくなった。とりあえずユーロスペースに行って、パラジャーノフの『アシク・ケリブ』(88)を見た。

久しぶりに見た『アシク・ケリブ』については後日書くが、その予告編で『ダニエル・シュミット―思考する猫』というドキュメンタリーを見たらすぐにも見たくなって、『アシク・ケリブ』が終わると1階降りてオーディトリウム渋谷に行った。

予告編で「シュミットの幻影から、日本のミニシアターブームは始まった」と出るが、そのように考えたことはなかった。しかし確かに1980年代、彼の名前は神話的な響きを持った。1983年に『ヘカテ』(83)の公開に合わせてダニエル・シュミット映画祭が開催された時、私は福岡にいたがその噂は伝わってきた。

『ヘカテ』を福岡で見て、その後東京で『ラ・パロマ』(72)や『今宵限りは』(74)を見て、その退廃的な美学に圧倒された。『カンヌ映画通り』(81)や『トスカの接吻』(84)のようなドキュメンタリーも好きだった。『季節のはざまで』(92)はロカルノ映画祭で見たが、その時初めて監督を近くで見た。

『ダニエル・シュミット―考える猫』を見ていると、自分の思い出がどんどん出てきてしまうが、ドキュメンタリーとして想像以上によくできていた。シュミットの幼い頃の映像に始まって、それぞれの映画の撮影風景や映画そのものがうまく編集されている。

中心となるのは、髪が真っ白になった死ぬ間際のインタビューだ。過去の映像にそのしゃがれた声が重なる。あるいは撮影のレナート・ベルタ、女優のイングリット・カーフェンとビュル・オジエ、監督のヴェルナー・シュレーター、そして蓮實重彦へのインタビューが挟み込まれる。

ビュル・オジエと蓮實氏が2人とも「山の人」と呼んでいたのが、興味深かった。蓮實氏はさらに「イタリアのオペラ的な世界とベルリンの前衛芸術の両方に引き裂かれていた」「彼はオペラのような死にゆくものに死化粧を施した」「演出というよりは、ダンスの止まるその瞬間を撮った」

シュローターやファスビンダーとあんなに仲が良かったとは知らなかった。シュミットがピアノを弾いてファスビンダーが歌い、それをカウフェンが見ている映像もあった。今回、ファスビンダーの出ている『天使の影』の上映がないのが惜しい。

評論家で唯一出ているのは日本の蓮實氏というのが、この監督が日本で最も評価されたことを示しているだろう。果してそれは正しかったのか、もう一度『ラ・パロマ』などを見に行けばわかるはず。

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