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2014年8月11日 (月)

都写美の展覧会2本

映画の濃厚な物語世界にうんざりし、絵画の抽象性に飽き足らない時、写真展を見る。映画と絵画の中間にあるような、自分が能動的に考えるように誘う感じが写真のいいところ。見たのは、東京都写真美術館で9月23日まで開催の「フィオナ・タン展」と「岡村明彦展」。

フィオナ・タンは現代美術の映像系のスター的存在で、美術館の学芸員たちが彼女を褒めちぎるのを見て、いつもそうかなあと思っていた。ベネチア・ビエンナーレや横浜トリエンナーレで見て、映像センスは悪くないと思うのだが。

今回まとめて映像作品を見て(だいたい途中までだが)、あえて映像で動かないものを撮り、そこに過去や歴史や記憶を蘇らせる見せ方はうまいと思った。政治的とか歴史的な文脈よりも、ある種すべてを美化するような凝視の姿勢は、いかにも現代風ではあるけれど。

とりわけベネチアで見た《ディスオリンエント》を、ソファのような丸い座布団に寝転がって見るのは心地よかった。一方の映像はアジアや中東を彷徨いながらそこに生きる人々を見せ、一方は古い美術品などの動かないものを見せる。ナレーションは2つの映像を微妙に裏切ってゆく。

「岡村明彦展」は全く逆のベクトル。ベトナムを始めとして世界中の紛争地域に出かけて証拠写真を撮る。キャプションを読みながら、その政治性を読み解きながら見る。おもしろいのは写真があくまで美的にきちんと撮られていることで、「ちょっとピンぼけ」などはない。

それでも、1960年代から70年代にかけての世界の激動に立ち会った気分になった。ベトナム、ドミニカ、ハワイ、タヒチ、アイルランド、そして日本。68年にはアイルランド紛争の長期取材のために、家族とそこに住んだという。

帰りに時間がちょうど合ったので、フィオナ・タンのドキュメンタリーを講堂で見た。『興味深い時代を生きますように』(1997)という題で、5、6分見るつもりがおもしろくて最後まで60分も見てしまった。中国系インドネシア人の父とオーストラリアの母を持つフィオナは、自分のルーツを辿って世界中を旅する。

まず両親や兄弟の住むオーストラリアに始まり、かつて両親と住んだインドネシアの後に、ドイツ、オランダ、香港、中国へ行き、叔父や叔母やいとこに会う。中国では父親の一族が住む小さな村を見つける。そこでは全員がタンという名前で、みんな親戚という。フィオナはそこに自分は属さないと感じるが。

あえて人々に正面を向かせて、静止した画像を動画に収める。アジアでも欧州でもその土地にするりと溶け込んでゆく監督の姿勢が快かった。考えてみたら会うのは父方の中国系の親戚ばかりで、世界のどこでも根付いてしまう華僑社会のしぶとさを感じた。

その次に上映された『影の王国』(2000)は、写真とは何かを追求するもので、映像は繊細だったが、その抽象性に退屈して途中で出た。それでも予想外に長い時間を都写美で過ごしてしまった。外は台風の影響で、大雨が降ったり止んだりしたようだ。そういえば、この展覧会後、都写美は改装工事で2年間休館という。寂しい。

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