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2014年8月30日 (土)

またベネチアに来てしまった:その(3)

外国で映画祭期間中にブログを書くのは、実はつらい。朝は9時か8時30分からの上映のために早くホテルを出るし、夜は21時過ぎに映画が終わってから食事をして酒を飲んで寝てしまう。そのうえに時差があるので、いつものように日本の朝に出すには、前日に書いて予約しないといけない。

だからプレスルームで各国の記者が必死にパソコンを叩いている中で、私一人呑気にこのブログを書いているという間抜けな図になる。日本と違って、欧州の主要新聞は毎日映画祭の記事を載せるので大変そう。

さて今日は、実力派監督の作ったちょっと風変わりなコンペの2本から始めたい。1本目はアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の『バードマン』Birdman。かつて「バードマン」というヒーロー映画で人気だった中年の俳優(マイケル・キートン)がブロードウェイで舞台に挑戦する。彼はそこに現れた若い俳優(エドワード・ノートン)に嫉妬しながら、舞台を成功させ、家族との絆も復活させようとする。

いわばバックステージものだが、「バードマン」として空を飛ぶ姿などマイケル・キートンの妄想が次々と映像として現れるので、最初はびっくりしてしまう。ある意味で『ブラック・スワン』に似ているが、あれほど神経質ではなくてもっと人間臭く、かつ全体が洒脱なユーモアに溢れている。

楽屋や狭い廊下を歩く俳優たちを、カメラが長いショットで追い回す。屋上からの風景など綿密に計算された映像にも唸る。ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」などのクラシック音楽の入れ方も効果的で、見応えのある映画だった。これはフォックスの配給。

もう1本は、グザヴィエ・ボーヴォアの「栄光の代償」La rancon de la gloire。この監督は『神々と男たち』という傑作がそうであるように、これまでシリアスな人間ドラマを描いてきた。ところが今回は、2人のさえない中年男が亡くなったばかりのチャップリンの遺体を盗むという奇抜な話だ。

あえて悲劇と喜劇を混ぜたような不思議な味わいの作品で、犯罪劇のサスペンス以上に、チャップリンの秘書役の男のキャラクターや、2人のうち1人のサーカス団のエピソードなど愛すべき細部がいい。舞台は1977年のスイスで、ミシェル・ルグランの大時代がった音楽が不穏なくらい派手に鳴り響く。これはギャガの配給が決まっている。

そのほかコンペのイランの女性監督ラクシャン・バニエマドの「物語」The Talesとラミン・バーラニ監督の「99の家」99 Homesにも軽く触れたい。「物語」はある人を見せていると、その場にいた別人に視点がどんどん写ってゆくというドキュメンタリーのような作品。テヘラン市内で、タクシー、病院、バス、女性センターなどで問題を抱える人々の姿が浮かび上がる。それを映像に収めている監督も出てきて、なかなか凝った作品。

「99の家」は、不動産ブローカーに家を取られてしまった男(アンドリュー・ガーフィールド)が、そのブローカーのもとで働きながら、借金を払えない家から人々を追い出す仕事に手を染める話。アメリカの低所得層向けの住宅ローンのなれの果てを描いたもので極めてアクチュアルだが、いささか単調か。

今回のコンペは、今のところ地味だがまじめな力作揃いという印象。

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