« 久々の増村を堪能 | トップページ | 何でも映画にする増村保造 »

2014年8月23日 (土)

カンゾーさんが亡くなった

私は22年間も会社員をやったから、多くの「上司」を持った。その多くは大馬鹿野郎だったが、時々尊敬に値する人物もいた。その一番がカンゾーさんだった。そのカンゾーさんが最近亡くなったという知らせが来た。

かつて勤務したインドを旅行中だったという。山登りなどを楽しみ、最終目的地のシュリナガルで水上マーケットを見た後に、頭痛を訴えて病院に運ばれ、そのまま息を引き取ったらしい。

68歳というのが、早いのか遅いのかわからない。ただ65歳まで嘱託で働いていたはずだから、3年間ほど休みを楽しんで、ちょうどいい頃だったのかもしれない。ましてや好きだったインドの旅行中なのだから。

50代後半の頃に癌で入院していたことがあった。それから回復して酒も飲めるようになっていたが、今回の死と関係があるのかどうか。

私が転職して2度目の職場についた時、このカンゾーさんが「部長」だった。いきなり、「おい、おまえのやりたいことをやれよな」と言われた時、涙が出そうなくらい嬉しかった。「おまえの匂いのする企画を見たいんだよ。いつでも持ってこい」「儲けなんて考えなくていい」「自分が満足すれば、人の評価なんて関係ない」「どうせ他人のやったことなんて、みんなすぐ忘れる。自分一人で後になっても誇りに思えればいいんだ」

そして大事な交渉の時には、自分が出て行った。多少的外れもあったけれど、自分の考えを堂々と述べる姿には、日本人だけでなく、外国人も敬意を払った。ベルギー人たちと浅草のおでん屋で夜遅くまで議論を交わしたことは忘れない。カンゾーさんは2年ほどで役員とぶつかって、左遷された。その後も我々は時々飲みに行った。

私はカンゾーさんの教えを守りながら、自分勝手に仕事を続けた。その結果として私も左遷されて、結局また転職した。

浅草の店は「丸太ごうし」。そのほか彼とよく行ったのは、帝劇の地下の鰻の「きくかわ」。あるいは新橋の「ビーフン東(あずま)」。ほかにもたくさん行ったはずだが、思い出せない。「きくかわ」や「ビーフン東」はむしろここ5年くらいに行った店だった。どこも古くからある店で、カンゾーさんと行くと大歓迎を受けた。

今度、その頃の仲間とカンゾーさんと一緒に行った店を巡りたい。酒を飲んでちょっと赤くなったあの悪戯っぽい笑顔を思い出しながら。

|

« 久々の増村を堪能 | トップページ | 何でも映画にする増村保造 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/60194044

この記事へのトラックバック一覧です: カンゾーさんが亡くなった:

« 久々の増村を堪能 | トップページ | 何でも映画にする増村保造 »