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2014年8月12日 (火)

『馬々と人間たち』の唐突さ

11月に公開の『馬々と人間たち』を見た。去年、東京国際映画祭で最優秀監督賞を取った映画だが、見逃していた。アイスランド映画というだけで神秘的だし、題名が『トリノの馬』とか『神々と男たち』といった最近のヨーロッパ映画の傑作を思わせるので期待していた。

ところが私にいま一つ。確かに設定も展開も型破りだ。岩ばかりで草も生えていない街で、通常の馬より少し小さめのアイスランド馬を飼う人々がいる。そこで起こる物語はすべて唐突でまるで神話のよう。好きな人がいるのはわかる。

ある中年男は、好きな女性によばれて馬で出かけてゆき、食事を共にする。帰りがけに乗っている自分の馬が女の馬によって後ろから犯される。

別の男はウォッカが好きなため、海に飛び込んでロシア船に酒をもらいにゆく。もらった酒はウォッカよりさらに強く、彼は馬に乗りながら倒れてしまう。

さらに別の2人の男は、馬を飼うのに柵に入れるかを巡って喧嘩になる。有刺鉄線を壊して回る男は、その鉄線に自分の顔をぶつけて大怪我をする。

若い美人のヨハンナは逃げた馬を探しに行って、1人で7頭もの馬と有刺鉄線でけがをした男を連れて帰って来る。勇敢な彼女に惚れたスペイン語を話すフアンは、女を追って馬に乗り、吹雪の荒野を彷徨う。

こんな具合にたくさんの人々が脈絡もなく出てきて、それぞれの馬との物語を演じる。ときおり、人の乗った馬が犯されるシーンや、女性1人で7頭もの馬をつないで勇敢に走るシーンなど、強く印象に残る場面もある。けれどそれらはぶつ切りで、象徴的な寓話のよう。

北の果ての光景や馬と一体化して暮らす人々の異様な生活にびっくりしているうちに、狐につままれたような感じで物語が進行する。この映画を評価する人は、その突飛な神話的構造に入り込めたのだろうと思う。私はいま一つ乗れないままに終わってしまった。

それにしても東京国際映画祭で賞を取る映画は、欧米のメジャーな感じの映画でなければ辺境の国の変な話が多い。普通に芸術的レベルの高い作品自体が、コンペにないからかもしれないが。

プレス資料を読んでいたら、アイスランドではファミリーネームがないことを知った。ファーストネームの後には父(または母)の名前にson(息子)かdottir(娘)をつけるという。監督のベネディクト・エルリングソンは「エルリングの息子ベネディクト」。姓がない国なんて、そんなことがあるのだろうか。戸籍はどうするのだろか。映画よりそのことが気になってきた。

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