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2014年9月 9日 (火)

またベネチアに来てしまった:その(11)

今回でベネチアはおしまい。書き残したコンペの4本を手短にまとめる。トルコのカーン・ムデシ監督「シバス」Sivasは、田舎の少年が偶然大きな犬を飼う話。最初は、彼が学校の学芸会で王子の役がもらえなかったり、好きな女のことがふり向いてくれなかったり。

ところが闘犬を見に行って、負けて死んだようになった犬に惚れ込んでしまう。父親に頼み込んで持ち帰って可愛がり、次の闘犬に出す。けなげな少年の物語だと思っていたら、いつの間にか闘犬の試合が中心になってしまった。

アベル・フェラーラ監督の「パゾリーニ」Pasoliniは、パゾリーニの晩年を描く。ウィレム・デフォーがほとんどそっくりに演じているが、インタビューなど重要なシーンは英語で、母などとの日常会話はイタリア語というのが、どうもしっくりこない。最後の暗殺にしても、何かが欠けている。それにニネット・ダヴォリやラウラ・ベッティを知らないと、よくわからないのではないか。

驚いたのは、ロシアのアンドレイ・コンチャロフスキー監督「郵便配達人の白夜」The postman's White Night。舞台は交通手段がボートしかないロシアの湖の多い田舎で、中年の郵便配達人リョーカがあらゆるものを届ける。住んでいるのはほとんどが老人ばかり。

迷彩服を着たリョーカがいい。近くに住む子連れの女を好きになるが、相手にしてもらえない。そして女は出てゆく。だだっ広いが何もないいくつもの家が広角レンズで写る。すべてから忘れ去られたような街に、不思議な詩情が漂い、ボートに乗るリョーカを見るとなぜか心が安らぐ。まさに世界の果てを映像化した、極めて現代的な作品だ。この作品は銀獅子賞を取った。

アンドリュー・ニコルの「グッド・キル」Good Killは、イーサン・ホーク演じるイーガン大尉が主人公。イラクやアフガニスタンで飛行機に乗っていたが、ドローン機の開発でラス・ベガス郊外で、タリバーン攻撃に従事する。アメリカにいながら、中東の狙った場所に爆撃を加える非人間性に驚くが、全体としてはイーガンの妻との不和を中心とした家族ものに仕上がっている。

恐ろしい世界を見た気もするが、最後のまとまりがアメリカ中心にできていたので、プレス上映では非難の口笛が鳴った。

さて、これでおしまい。実は私は「グッド・キル」のプレス上映後、すぐに水上バスで空港に向かった。パリで一泊した後、空港で受賞結果を見て機上で書いた映画祭のリポートは、今日の日経新聞夕刊に載るはずなのでご一読を。

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