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2014年9月24日 (水)

また『猿の惑星』の新作を見た

予告編に惹かれて、『猿の惑星 新世紀(ライジング)』を劇場で見た。この前のルパート・ワイヤット監督『新世紀 ジェネシス』(2011)も良かったが、マット・リーヴス監督による今回の続編はさらに充実していた。

何が良かったか一言で言うと、「猿の気持ちになった」。物語は猿たちの生活から始まり、そこに人間が舞い込んでくるという形で展開する。人間は銃を持つが猿は銃を持たず、人間に仲間を殺されても寛大に対応する。

サンフランシスコに生き残った人間たちが、電力を求めて郊外のダムに向かうが、そこには猿が住んでいたというもので、最初は猿の社会では穏健派のボスのシーザーの指導の下に協調路線が続く。しかし戦闘派のコバはシーザーを倒して人間を襲い始める。

ダムに来た人間の1人が、猿の社会を「あいつらはすごい。電気も光もなくて暮らせるんだから」と言うシーンがある。人間たちは原発がダメになり、火力発電でつなくがもはや2カ月しかもたなくなって、郊外のダムの水力発電を復活させようとする。

電気がないと生きられなくなった人間が、電気を求めて猿の国に入るうちに戦いが始まるわけで、福島原発事故以降の世界を反映していなくもない。そのうえ猿の武器は木製の槍のみで、刃物も銃も持っていない。電気と銃を拒否して聡明に生きる猿の姿を見ていると、人間の近代社会というものが、疑わしくなってくる。

この映画がうまいのは、猿の中にも戦いを好む者がいて、内部分裂が始まることだろう。シーザーは「いつも猿は人間に優ると思っていたが、そうではなかった」と嘆く。人間社会でもマルコム(ジェイソン・クラーク)は猿との協調を図ろうとして、指導者のドレイファス(ゲイリー・オールドマン)たちと対立する。

そのうえ、シーザーにもマルコムにもそれぞれ家族がいて、戦いの中で家族に救いを求めるところはいかにもアメリカ映画的だが、うまい。大きな傷を負ったシーザーが息子に再会する場面なんて、猿の話と知りながら涙が出てしまう。

人間の文明批判を根底に深く考えられたドラマが、最新のCG技術と結びついている。猿の表情や動きもそうだが、後半の猿が人間社会を占領したり、猿同士が戦うアクションシーンは手に汗を握る。それやこれやで、久しぶりにおもしろいアメリカ映画を見た。

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前作、猿の惑星:創世記(ジェネシス)を、当ブログは以下のように褒めている。 <「老い」とは #8232;<「親子の絆」とは #8232;<「人格」とは #8232;<「愛情」とは #8232;<「人権」とは#8232; <「尊厳」とは#8232;#8232; <な...... [続きを読む]

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