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2014年9月11日 (木)

ベネチアこぼれ話:その(1)

ベネチアには9泊もしたので、いくつか書き残したことがある。今回のベネチア国際映画祭の新聞報道で、読者が一番驚いたのは、たぶん金獅子賞の長い題名ではないだろうか。「ア・ピジョン・サット・オン・ア・ブランチ・リフレクティング・オン・エグジスタンス」!

舌を噛みそうで、とても日本語とは思えない。まず何のことかわからない。しかもどの新聞も同じくそう書いてある。日経と読売は第一報の後の総評では訳を付けていたが。一体、何が起こったのか。

答えは簡単で、ベネチアで各紙の記者が集まって表記を統一しているからだ。いわば「談合」。私はその「談合」会議の直前にベネチアを離れたので参加できなかったが、そのように決まったらしい。私が書いた日経からはジュネーブ支局長が会議に参加したので、第一報がそうなり、私の総評もそれに合わせざるを得なくなった。

まず、そんな「談合」をするのがおかしい。各紙で題名を付ければいい。「タリバーン」の表記だって、新聞によっては「タリバン」だし。昔は題名は違っていた。たぶん90年代以降、カンヌに始まって各紙が映画祭に記者を派遣するようになってから、語学のできない記者が不安で始めたことかもしれない。

それにしても、この邦題はないだろう。私は「談合」に参加できないので、私案を出していた。このブログで書いた題と同じで「枝に止まり、存在について考える鳩」。もともと抽象的な題名だが、これならわかりやすい。ちなみにに銀獅子賞の「ポストマンズ・ホワイトナイト」の私案は「郵便配達人の白夜」。こちらはカタカナでもわかるが、やはり日本語の方が一目でわかると思う。

審査員大賞の「ルック・オブ・サイレンス」ならわかる。もともと英語題だし、前作の日本公開題が「アクト・オブ・キリング」なので。金や銀の題名はそもそもスウェーデン語とロシア語で、英語のカタカタ表記にあまり意味はないはず。

要は、英語題をカタカナ読みしておけば間違いはないだろうという考えのようだ。なんだかアメリカの植民地みたい。2行で済むものが4行になるのは、新聞の原則に反するし、わけのわからない題名は不親切極まりない。

ちなみにマストロヤンニ賞のフランス映画「ラスト・ハンマー・ブロウ」の私案は「ハンマーの最後の一撃」(原題はLe dernier coup de marteau)で、脚本賞のイラン映画「テイルズ」の私案は「物語」(英語題Tales)。日本で公開される時にはどうせ配給会社が題名を付けるから、映画祭の報道ではわかりやすい方がいい。

最近、アメリカ映画の邦題が、英語のカタカナ読みになるのがおもしろくないという声は多いが、今回の問題はそれ以上にヒドイのではないか。今日は時差ボケで寝坊してアップが遅れたが、その分おもしろいネタのつもり。

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