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2014年9月17日 (水)

現代の絵画について改めて考える

最近現代美術がほとんどわからなくなりつつあるが、「絵画の在りか」という展覧会が初台のオペラシティ・アートギャラリーで今月21日まで開かれているので見に行った。チラシに2000年以降に活躍する若手画家24名と書かれていたので、絵画ならわかるかなと思ったから。

これがなかなかおもしろかった。絵画とは何かを考え、何とかそれを乗り越えようとしたり、その限界と遊んでみたり。惜しむらくは作家の数が多すぎて、それぞれの作品が数点ずつだったこと。もっと大胆に絞って、6、7人くらいだと良かったと思った。そのくらいに絞れば選んだ学芸員の個性も出るし。

冒頭にあった南川史門のインスタレーションと、空間と平面を行き来するような絵画はおもしろかった。それから小西紀行のグニャグニャした家族像はかなりインパクトがある。あるいは青木豊の銀を使った絵画も抽象的な思索に誘うし、横野明日香の山や湖は何とも幻想的で見ていて爽快だ。

以上はチラシの小さな写真を見ながら、思い出して書いた。カタログを買いたいと思ったが、もう自宅にも大学にも置く場所がない。ちなみにこの画家たちはキャプションによればだいたい80年代生まれ。つまり20代後半から30代か。

所蔵品スペースの日本画は現代のものだが、同じくらいインパクトがあった。「わが山河パート5 みずのすがた」という題で、最初に大竹卓の水墨画が現れた時、現代でもこんな完璧な絵を描く人がいるのだと驚いた。大野俊明の青や黄の薄い色で描かれた港町は、空想の風景のようだが、それでも気持ちいい。秦誠の夕暮れの棚田も物語の世界のようだが、それでも見入ってしまう。

見た感じはこの日本画家たちは、企画展の画家たちよりずっと年上に見えるが、果たしてそうなのか。今も芸術系の大学には日本画科があるけど、やはり伝統的な技法を教えているのだろうか。

その後にプロジェクトNとして1人の原題作家を紹介するスペースもある。展示されていた塩川彩生の淡く幻想的な絵画にもうっとり。木版を使っているらしいが、死者や生者が薄い色で交じり合っている感じは仏教的と言うべきか。やはり絵画はまだまだ奥が深いと改めて考えた。

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