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2014年9月19日 (金)

あしたのジョーの歌が聞こえる

西武池袋線の中村橋駅を降りた瞬間、「あした―のジョー」の歌が蘇ってきた。練馬区立美術館で今月21日まで開催の「あしたのジョー、の時代展」を見に行く途中のことだ。駅にはためくノボリに大きく「STAND UP, JOE」と書かれている。「立て、立つんだ、ジョー」という段平の声がどこからか聞こえてきた。

展覧会は、まず「少年マガジン」に連載されたちばてつやの漫画の原画を中心に進む。1967年暮れから73年までの連載だが、最初に東京の高層ビル街を俯瞰で描いた絵があり、それから風が吹きすさぶ下町の泪橋を写す落差が印象的だ。

そうやって矢吹だ、力石だ、段平だと追っているうちに「さんどー・ばあっくにー うかんできえーるっ にくいーあんちくしょーのー かーおーめがーけー」と主題歌が流れてきて、思わずそのテレビ画面に引き寄せられた。私は「マガジン」は買っていないが、70年から71年のアニメ版テレビ放映は、たぶん全部見た。

だから漫画より、アニメの主題歌が聞こえるだけで、体が痺れてくる。3分ほどの短縮版を2度も見た。そうなると歌が頭の中で繰り返されて、後はどうでもよくなってきた。

2階の展示室の冒頭には、当時のテレビCMが流れていた。ここでまた私は釘付けになった。山本直純が歌う「大きいことはいいことだ」で始まる「森永エールチョコレート」のメロディは長い間忘れていたけれど、急に蘇った。あるいは三船敏郎演じる「男はだまってサッポロビール」。このマッチョぶりは、今やフェミニズム的観点からしたら、許せないだろう。

あるいは大橋巨泉が得意そうに「ハッパふみふみ」と言いながら「パイロット万年筆」を勧めるCM。私だけでなく、完全に見入ってしまっている中年のおじさんが何人もいた。たぶん彼らにとっては、あしたのジョーよりもこっちだろう。

その後に同時代のフォークや舞踏や反万博運動などが紹介されていたけれど、そんな「文化現象」よりも、「大きいことはいいことだ」と叫ぶ山本直純の声や映像の方が、私には付きまとった。寺山修司による力石の葬儀が再現されていたけど、今見ると講談社の仕込みにしか見えない。

おしまいには、浅葉克己や葛西薫などがあしたのジョーのイメージのポスターを作っていた。それだけ波及力が強かったのだろうとは思うが、主題歌や当時のCMにはかなわない。

西武線に乗る頃に気がついたら、歌っていた歌がいつの間にか「タイガー・マスク」に代わっていた。要するに私の記憶の中で小学校高学年の歌が一緒くたになって蘇ったようだ。「タイガー・マスク」のエンディングの歌の寂しさといったら。

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