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2014年9月29日 (月)

『こころ』の記憶

前にもここで書いたが、これまで一度も新聞小説を読んだことがないのに、なぜか朝日新聞の夏目漱石l『こころ』の連載を毎日楽しみに読んでいた。この本はたぶん3回は読んでいたが、それでも毎朝読むのが楽しかった。

ところが8月末からベネチアに行ったので、2週間ほど読めなかった。するといわゆる「Kの告白」が終わっていて、次の「私の告白」に進むところだった。ここの場面は最初に読んだ時からよく覚えている。

つまり、「奥さん、お嬢さんを私に下さい」と言うくだり。その後に「下さい、是非下さい」と続く。最初に読んだのは高校生の時だと思うが、まるで物のように「下さい」というのに驚いた。「下さい」と言って「ハイ、あげます」という類ではないだろうと思った。

さらにびっくりしたのは、奥さんの返事。「上げてもいいが、あんまり急じゃありませんか」。これに対して「私が「急に貰いたいのだ」とすぐ答えたら笑い出しました」。このユーモアがいい。そしてその後のセリフがすごい。「宣ござんす、差し上げましょう」「差し上げるなんて威張った口の利ける境遇ではありません。どうぞ貰ってください。ご存知の通り父親のない憐れな子です」

「よござんす、差し上げましょう」という堂々としたセリフは、まるで緋牡丹博徒かなんかのようだ。これを読んでから、自分が将来結婚を申し込む時にはこんな会話があるのかと長い間どこかで思っていた。実際にはそんなことは全くなかったけれど。

『こころ』でもう1つ私が好きなのは、自分の自殺のきっかけとなった明治天皇崩御のくだり。これは書き写すしかない。

「すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終わった気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後に生き残っているのは必竟時勢遅れだという感じが烈しく私の胸を打ちました」

この「時勢遅れ」という感じがそれから私について回った。自分は古い人間だ、時勢に合っていないといつも思うようになった。これはたぶん今も続いている。別に自分が昭和の人間と言うつもりはないが、「終わった」感じは最近特に強くなった気がする。

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