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2014年9月22日 (月)

旅行中の読書:『第一次世界大戦と日本』

今年は第一次世界大戦から100年という。日本では戦争と言えば第二次世界大戦のことだが、ヨーロッパでは第一次世界大戦から現代が始まったという見方をする人が多い。戦場は一国を超え、飛行機や戦車が初めて登場した。

戦場に塹壕が作られ、それを破るために毒ガスなどの化学兵器が使われたのも初めてだ。そして貴族が没落してゆく。ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』(37)などを見ると、その感じがよくわかる。

さて日本にもその雰囲気は伝わっていたのか。井上寿一著『第一次世界大戦と日本』を読むと、日本が大戦の勝ち馬に乗って一等国を目指してゆく様子が手に取るようにわかる。1919年1月のパリ講和会議にはホテル・ブリストル(今もある)を借り上げて、総勢104名、車30台で臨んだという。

憲政会総裁の加藤高明は、「欧州大戦を経て、日本は政治的自由と国際協調をめざすべきである」とする。顧問の島田三郎は、「日本をして東洋に於ける且つ穏やかなる帝国たらしむる」と言う。この「穏やかな帝国」という表現が何とも微妙だ。

同じく顧問の江木翼は「朝鮮の文明の存する所に日本文明の押売は不可」「独逸流の大権論を振廻して、興論民意は顧みるに足らぬと軍閥官僚の者は常に唱え且つ左様に信じて居るらしい」「是を取違える程世の中は独逸化しておる」。このままでは「世界の潮流と正面衝突をしなければならぬ」

さらに1921年には19歳の皇太子(昭和天皇)の訪欧が始まる。ここで皇太子は、英国やオランダなどで民主国家の王室の在り方を見たはずだし、第一次世界大戦の悲惨な結果を見たはずだ。日本の新聞報道でも、総力戦がもたらしだ惨状が伝えられたようだ。

日本は大戦後新設された国際連盟と国際労働機関に加盟する。ここで一日8時間労働の基本が言い渡される。大阪市の調査だと、当時の娯楽は1.芝居=歌舞伎、2.活動写真、3.寄席=落語、浄瑠璃、浪花節。歌舞伎は丸一日かかるので、せめて5時間以内にするようにと大阪市は指導する。浄瑠璃はインテリ、浪花節はプロレタリア、活動写真はプロレタリアの中のインテリ向けだったという。

それなのに、1931年に満州事変が起き、1933年に国際連盟を脱退する。その後も国際協調路線はあるのだが、いつのまにか戦争へ進む。加藤陽子の本の題名通り、「それでも日本人は戦争を選んだ」。

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