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2014年10月 6日 (月)

「朝日新聞」叩きに思う:その(1)

だいぶ前から「朝日新聞」叩きがすごいことになっている。それみたことかとはしゃぐ他の新聞や雑誌は、どうも読む気がしなかった。同じ穴のムジナのようにしか見えないから。先週の「週刊文春」の「「朝日新聞」問題、私の結論」を読んだのは、まともな筆者がいたから。

題して「34人の怒り、嘆き、励まし」。もちろん中西輝政や佐々淳行のようなコテコテの反朝日論者もいるが、半藤一利とか佐藤優のような私の好きな筆者もいる。

読んでみて、この問題をどうとらえるかで、その人の知性がわかると思った。半藤一利は、「謝罪したことには一定の評価」をしながら、「謝り方がよくなかった」。そしてかつての「風流夢譚」事件での「中央公論」の対応のまずさと、「セヴンティーン」事件での文芸春秋の対応のうまさを述べる。

つまりは歴史に学ぶわけで、読んでためになる。さらに「私は昭和史を一番歪めたのは言論の自由がなくなったことにあると思います。……今の朝日バッシングには破局前夜のような空気を感じますね」。名著『昭和史』を書いた著者に言われると、重みがある。

佐藤優の「何より深刻だったのは「池上彰コラム不掲載事件」です」とし、不掲載は「究極的には載せるも載せないも新聞社の勝手」としたうえで、「掲載中止をめぐるやりとりが表に出てしまったことのほうが致命的でした」

インテリジェンス=情報戦を説く人にこう言われるとそうかと思う。さらに「改革だ、第三者委員会だと綺麗ごとを言っていては組織がガタガタになる。朝日に対する批判の投書を掲載するなど愚の骨頂です。「ウチのメシはまずいよ」と言っている食堂からは客が逃げるに決まっている」

「今真っ先に朝日がやるべきは、新聞をお客様に売ってくれる販売店を離さないことでしょう。朝日の記者たちの高給を減らして、販売店に回すのがよいでしょう」。本当の危機管理はこういうことかと思う。

日下公人という経済評論家は好きなタイプではないが、ここで書いていることには同感。かつて自分がいた長銀と朝日を比べて、「長銀と朝日に共通するのは「慢心」です。……長銀も朝日も一部の人間が増長し、世の中の常識から次第にズレていってしまった。……根本から意識を変革しなければ、朝日は早晩、長銀と同じ道を歩むことになるでしょう」

この「慢心」はマスコミ全般に共通するが、朝日は特に強いと思う。ほかにも山藤章二の文章などおかしいが、今日はここまで。本当を言うと、この問題では書きたいことは別にあるが、とても書けないかも。

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