« 東京国際映画祭はやはりダメか:その(7) | トップページ | 東京国際映画祭はやはりダメか:その(9) »

2014年10月30日 (木)

東京国際映画祭はやはりダメか:その(8)

東京国際映画祭の広告で使われているコピーが、ネット上で物議を醸している。「ニッポンは、世界中から尊敬されている映画監督の出身国だった。お忘れなく」というもので、松江哲明監督などがツイッターで不満を漏らしたりして、次第に広がった。

私もこの広告を大江戸線のエスカレーターで見た時、その偉そうなコピーに違和感を持った。わざわざ英語まで添えてあるのも妙な感じがした。Lest we forget; our nation gave birth to some of the world's respected directorsというもので、our nation(わが国)を主語にしており、さらに愛国バージョンだ。

大江戸線のエレベーター2層にわたって10枚以上のポスターを貼るあの広告は、1000万円ではとても無理だろう。あの場所は通常は自動車や住宅など単価の高い商品に使われる。そのうえデザインは、秋元康を投入した結果のあの不気味な黒字に白抜きの文字を基調にしている。

今年は政府予算が倍増したというが、秋元康を使うことで、経産省の「クールジャパン」予算が回ってきたものと思われる。それを秋元指定のデザイナーやコピーライターが、安倍首相好みの愛国バージョンを作ったのだろうというのが私の推測。

ほかにも「TOKYOが、カンヌ、ベネチア、ベルリンを超える日が、やってくる!?」とか「スポーツも大事だが、文化的イベントが、世界的にならないと世界的都市になれないね」とか意味のない空威張りのような説教臭い愛国コピーがある。昨日大江戸線で降りた時に写真を撮ろうと探したら、最初に書いた「お忘れなく」の載ったポスターだけは、いつの間にかロゴだけの別のものに差し替えられていてどこにもない。何と姑息な。

また悪口から始まったが、コンペで1本見た。コロンビアのオスカル・ルイス・ナビア監督の長編第2作『ロス・ホンゴス』。コロンビアのカリという地方都市で、街中の壁に巨大な絵を描く2人の若者の放浪を描く。この映画祭のコンペの多くの作品と同様に「ひたすら地味」で物語らしいものはない。

しかしながら、若者の1人カルヴァンのおばあさんの様子やその恋人とのやり取り、ロック・コンサートの盛り上がりや水中のシーンなど、細部に詩情が宿っていて、見ていて心地よい。選挙演説の場面や2人が警察に逮捕されるシーンなど、政治的な主張もこもっていて悪くない。我慢大会のコンペではマシな作品。

文句ばかり書いているうちに、映画祭も終わりに近づいている。そしてようやく冬が来る。少しは落ち着いて考えよう。

付記:ポスター撤去と思って「姑息な」と書いたが、今日「お忘れなく」ポスターを少なくとも1枚見つけた。もともと撤去していないのか、1枚だけ撤去を忘れたのかはわからないけど。

|

« 東京国際映画祭はやはりダメか:その(7) | トップページ | 東京国際映画祭はやはりダメか:その(9) »

映画」カテゴリの記事

コメント

高倉健さんの訃報のニュースでも「日本が生んだ名俳優」だの「日本の宝」だのやたらと日本人であることを強調したフレーズをよく聞きます。
高倉健さんの名声は個人の活躍たりうるものなのに、日本人の他人にも同族を意識させる余計な形容詞を付けている気がします。

やはり世界で活躍した俳優と同族である、ということが同じ日本人の多くを満足させるのでしょうか。それは高倉健以外の日本人は「日本人からこんなに凄い人が!」と喜ぶでしょうが、他の日本人を満足させるために故人までもを“利用”している気がします。

投稿: チャカ | 2014年11月18日 (火) 20時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/60566192

この記事へのトラックバック一覧です: 東京国際映画祭はやはりダメか:その(8):

« 東京国際映画祭はやはりダメか:その(7) | トップページ | 東京国際映画祭はやはりダメか:その(9) »