« 孤独死を見送る映画 | トップページ | 初めての釜山:その(2) »

2014年10月 8日 (水)

初めての釜山:その(1)

初めて釜山に来た。実を言うと、韓国自体が初めて。前にもここに書いたように、ヨーロッパは何十回と行っているのに、アジアは数えるほどで、これまでに香港と台湾だけだ。釜山に来たのは、もちろん国際映画祭に参加するため。

だいぶ前から釜山の映画祭がすごいという話は聞いていたが、機会がなかった。今回行くことになったのは、シンポジウムでパネリストとして話さないかと言われたから。

あれは8月のお盆明けだったが、東京フィルメックスの市山さんから携帯に電話があって、釜山に行ってくれないかと言う。とにかくシンポジウムで誰か探しているので推薦していいかとのことだった。私は「1日くらいなら行けるでしょう」と答えた。

すると映画祭の事務局から矢のようにメールが来た。テーマは「3.11以降の日本映画」で、長さは20分から30分という。ベネチアに行く前日になって「ついては発表原稿を9月10日までに送って欲しい」と来た。

ベネチアで考えようと思っていたが、もちろん行ってしまうと毎晩酒を飲んで釜山なんて忘れてしまった。9月7日の夜に帰国して約1時間後に日経新聞の原稿を送り、翌日の午後がゲラ直し。釜山の原稿は9日に大学の図書館にこもって、何とかでっち上げた。

その後は飛行機などの連絡が来る。航空券は先方持ちで、3泊まで招待してくれるという。それならば大学を休講にして、その分映画祭を見てやろうと考えが変わった。

大韓航空に乗るのは久しぶりだった。30年ほど前に福岡からパリに行くのに、使ったことがある。今回乗った印象はまるで違った。全体に優雅な感じと言うか。CAの服も、革のスカーフが効いていて何とも品がある。

釜山の空港に着くと、私の名前を書いた若い女性ボランティアが立っていた。たぶん大学生だろう。そばには青年もいて、2人に案内されて出口の正面に止められた映画祭のオフィシャルカーに乗せられた。こんな待遇に慣れない私は、まるでスターみたいじゃないかと思った。

車の中から見ると、当たり前だが外はハングル文字だらけ。これまで欧米はもちろん、ロシアに行ってさえも文字は少し読めたし、ドバイに行った時は英語が併記されていた。ここは数字以外はすべて絵のようなハングル。何だかふざけているようにさえ見えてきた。さて、これからの珍道中は明日以降に書く。

|

« 孤独死を見送る映画 | トップページ | 初めての釜山:その(2) »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/60442177

この記事へのトラックバック一覧です: 初めての釜山:その(1):

« 孤独死を見送る映画 | トップページ | 初めての釜山:その(2) »