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2014年10月28日 (火)

東京国際映画祭はやはりダメか:その(6)

昨日、コンペの一般上映のチケットが取れたので、プレス上映の予約をキャンセルしようとしたが、何度アイフォンでやっても最後で「込み合っています」の表示。上映の2時間前だったので、映画祭受付にキャンセルを申し出ると、49階へ行けと言う。ところが49階では「今年から、3時間前までにキャンセルいただくことになっています」。

去年は30分前までだったがと言うと、「今年から3時間前になり、これはプレスのマニュアルに書いております」。去年より不便にしてどうするのだろう。これで入れる人もいたかもしれないのに。昨晩の『マルセイユ・コネクション』を見た某新聞記者の話だと、「ずいぶん席が空いていた」。この作品は、2回のプレス上映がすぐに予約開始10分で満員になったはずだが。

作品選定はともかく、こうしたイベント運営は日本人はうまいはずなのに、30年もやっていてどんどんひどくなる。ちなみに49階で丁寧にプレス対応をした責任者らしい男性は、「コングレ」という会議やイベントの運営会社のバッジを付けていた。プレス対応くらい映画祭広報部がやるべきだろう。長年イベントをやった身としては、本当に「オレにやらせろ」という気分になった。

それはさておき、コンペの一般上映を2本チケットを買ってみた。ノルウェーのベント・ハーメル監督『1001グラム』は、ノルウェーの国立測量研究所に勤める女性研究員を主人公にした「不思議ちゃん」映画だった。父親は病気になった研究所代表の父親の代わりに、彼女は1キロの基準機を持ってパリの国際会議に出る。

父親が亡くなったりはするが、劇的なことは何も起こらない。主人公は基準機を壊してパリに再び出向くうちに、恋愛が始まることが次第にわかってゆくが。抑制の効いた端正で中性的な映像は、いかにも我々が抱く「北欧」のイメージ。だから何だとも思うが。

もう1本は、ポーランドのヴォイテク・スマルゾフスキ監督の『マイティ・エンジェル』。アルコール依存症の小説家を主人公にした物語で、リハビリセンターで各自が体験を語り合うシーンから、それぞれの回想でアル中生活のシーンが挟み込まれる。

手持ちカメラで描かれる中毒者の毎日は、それ自体が酔った感じの映像の繰り返しで、見ていて酒を飲んでいる気分になった。かなり力のある監督だとは思ったが、1時間ほどで本当に気分が悪くなって退散した。いわゆる東欧のグロテスク・リアリズムだろうが、早寝起きの私が夜の9時過ぎから見る映画ではなかった。

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