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2014年10月27日 (月)

東京国際映画祭はやはりダメか:その(5)

その(1)に書いていたことに間違いがあった。一般上映に席が残っていた場合に当日朝からプレスや業界パスにチケットを出していたのが、今年から廃止されていた。回によってはかなり席が空いているにも関わらず。これは映画評論家のSさんから聞いた。それはともかく、昨日は3本も見た。

まずはコンペの中国映画『遥かなる家』。ルー・ルイジン監督の4作目らしいが、これまた「辺境もの」で、大草原を少数民族の幼い兄弟が旅をする話だった。「辺境」に「子供の視点」が加わることで、ファンタジーの要素も出てくる。

夏休みになって兄弟は、預けられている祖父母のもとを離れて、ラクダに乗って両親のもとへ帰ろうとする。結局それだけの話で、私はかなり退屈した。美的な探究もないし、冒頭や途中に中国の歴史がアカデミックに説明されるし。最後に突然巨大な工場が見えるあたりも、いかにも現代中国を見せる感じだし。

その次に「クロスカット・アジア」部門のタイ映画『メナムの残照(2014年版)』を見た。見ようとしたコンペ作品が予約が取れなかったからだが、見て良かった。『メナムの残照』はこれまで何度も映画化されているらしく、私はたぶん1988年版を見ている。

戦時中にバンコクに駐留する日本兵の小堀とタイの娘アンスマリンの悲恋を描いたものだが、今回のバージョンは今のタイ人にウケるようにポップに作られている。ポイントは主人公の小堀だけをタイのイケメン俳優が演じている点で、そのほかのセリフのある日本兵はすべて日本人が演じているから違和感はない。

よくあるように日本人を残酷にも滑稽にも描かずに、しかし最終的には多くが死んでゆくさまを見せる。アンスマリンの元カレは長髪をなびかせて本当に今風にカッコよくて、とても戦時中には見えない。この映画に出てくるタイ人はすべて堂々としていて卑屈な感じはゼロ。最後はコテコテのメロドラマで、主題歌は日本のポップス。映画としては普通だが、何とも興味深かった。

これまたコンペの代わりに見た「アジアの未来」部門のインドネシア映画『太陽を失って』は、ラッキー・クスワンディ監督の第2作だがかなり良かった。ジャカルタに住む年齢も境遇も違う3人の女たちが、ある夜に「愛」を求めて同じホテルにたどり着く一夜を描く。

ギアは32歳でニューヨーク帰り。かつて一緒に住んだレズの恋人ナオミと再会する。25歳のインドゥリはジムで働き、何とか白馬の王子様と出会おうと七転八倒。50歳前後のサラは夫が亡くなり、愛人の存在を知って復讐を企てる。

見ていると、矛盾を抱えながらも巨大化したアジアの大都市共通の問題が浮かぶ上がってくる。その意味で最近見たフィリピン映画『SHIFT 恋より強いミカタ』を思い出した。裸は胸さえ出てこないし、もちろんセックスシーンはゼロなのに、レズもゲイもきちんと描かれているし、何より恋愛と肉体を巡る焦燥がリアルに
表現されている。高層ビルの夜景にコーランが響き渡る様子はドバイを思い出した。世界はどんどん似てきている。

それにしても国内だと1日3本は限界に近い。今日からは授業なので、夜の回を1、2本ずつになる。

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