アルゲリッチの素顔を見る
実は、昔はクラシック音楽が大好きだった。高校の頃からFM放送でバッハやモーツァルトを聴き、LPレコードを買っていた。大学に入った頃のクラシック界の一番のスターは、ピアニストのマルタ・アルゲリッチで、レコードも買った。そんなこともあって、ドキュメンタリー『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』を劇場で見た。
何より、あの取材拒否で知られた天才ピアニストの日常が見られるのがありがたい。それも監督したのは三女ステファニーだから。10年前から折に触れて撮影した映像に加えて、かつてアルゲリッチが日本で買ったビデオカメラで撮影した80年代の映像もある。
演奏の前の素顔と、舞台での顔。あるいは移動中の食事や朝起きた時の様子。彼女には父親の違う3人の娘がいる。映画はそのそれぞれの事情も追いかける。長女の父親は、ニューヨークで知り合った中国人音楽家のチェンだが、彼は写真でしか出てこない。
次女の父親は何と指揮者のシャルル・デュトア。アルゲリッチが彼と次女と公園でくつろぐ映像もある。三女の父親は今はロンドンに住むピアニスト。すぐに別れたようだが、今や白髪になったアルゲリッチが彼とスパゲッティを食べるシーンもある。
一番驚いたのは、アルゲリッチがほとんどフランス語を話していたことだ。彼女の母親はウクライナ出身のユダヤ人で、アルゼンチンに住んでいた。アルゲリッチが12歳の時に、ペロン大統領に直訴して一家でウィーンに移り住み、グルダに師事。
つまりは、20世紀初頭に欧州から南米に移住したユダヤ人が、戦後に欧州に戻って芸術家活動をするという極めて20世紀的な家族の物語だった。もちろん映画は「祖母はウクライナ出身のユダヤ人」と一言ナレーションで出るだけで、このルーツについては全く触れない。
それでもアルゲリッチがブエノス・アイレスを歩くシーンはあった。植物園で「毎日ここに来たのよ」と娘に話す。実家があるようで、当時の写真に両親の手書きのメモがあった。個人的にはもっとアルゼンチン時代や彼女の両親について見せて欲しかったと思うが。
「別府アルゲリッチ音楽祭」もあるので、日本での映像もある。すると画面が急に柔らかく曖昧な感じに見えたのは、私だけだろうか。すべてがオブラートに包まれたような、一切の刺激を欠いた穏やかな光景に見えた。考え過ぎかな。
それにしても20代のアルゲリッチの美しかったこと。あのエキゾチックな黒髪や濃い眉毛はてっきりラテンだと思っていたが、実はアジアに近いウクライナのものだったとは。ドキュメンタリーとしては凡庸だが、十分に楽しんだ。
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